テラーノベル
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kurara
11,312
金曜日の夜。社会人二年目にもなれば、仕事にはそれなりに慣れてくる。
かといって、毎週末どこかへ飲みに行くほど元気があるわけでもない。
「……暇」
ソファに寝転がり、スマホを眺める。
特に観たいテレビ番組もない。
ゲームをする気分でもない。
動画でも見ようかと思ったが、それすら何となく気分じゃなかった。
「……あ、そうだ」
ふと、会社の人たちがよく話しているものを思い出す。
「配信アプリ……だっけ」
最近、やたらと周りが話題にしていた。
誰かが配信していて、それを見ている人がコメントをする。
ただそれだけらしい。
「……これか」
特に理由もなく、アプリをダウンロードする。
適当にニックネームを考えて、アカウントを作り、アプリ内を物色してみた。
「へぇ〜」
性別、年齢を問わず色んな人が配信をしていた。
そんな中で、ふと俺はスワイプの指を止める。
「……………」
どうして。理由なんて特になかった。
ただ、何となく。ふと気になって入った配信。
『それでねぇ、僕思ったんだけどさぁ……あ、こんばんは〜いらっしゃいませ〜』
ゆったりと落ち着いたトーンでニコニコと話をする青年。同い年くらいだろうか。
俺の入室通知が流れると、話を止めて画面越しに手を振る。
『えっと…ひろぱ、さん?初めまして〜ゆっくりしてってくださいね』
視聴者は俺を含めてたったの3人。
画面の左下では、コメントがゆっくりと流れていた。
「こんばんは」
とりあえず、コメントを打ってみる。
ただの好奇心。すぐに抜けようと思えば抜けられた。でも、この時の俺は本当に時間を持て余していたから。
『え!!コメントありがとう!!嬉しいです〜』
彼はこれでもかと、優しくタレた目を輝かせて言った。
『今ね、昆虫の話してたんですよ。ひろぱさんは虫さん触れます?』
「種類によりますね」
『やっぱり?僕ね、この前久し振りにダンゴムシ触ったんですよぉ。何故かお部屋の中にダンゴムシがいたんです。びっくりでしょ?』
他愛のない話を聴きながら、時間は過ぎていった。
ソファに寝転がっているせいか、それとも心地よい声のせいか、徐々に瞼が重くなってくる。
いい時間だし、風呂に入って寝るか。
「そろそろ抜けます。配信頑張ってください」
コメントを打ち込むと、彼はすぐに反応した。
『あ、ひろぱさんお休みなさい!!来てくれてありがとうございました〜』
その時、ふと気になった画面の下にあるプレゼントのマーク。所謂、ギフトってやつ。
新規の登録特典で2000コイン貰ったことだし、
その中から何となく、安い100コインくらいの物を投げてみよう。
なんてこれまた好奇心でギフトを選ぼうとしていた。
「…………あ」
『え、ちょっと待って!?えぇぇぇぇぇ!!!!?』
ボタンを押し間違えて、投げられたのは1000コイン分のギフト。派手なエフェクトが画面いっぱいに表示される。
『ウソでしょ!?ギフト!?うわぁぁこんな大きいの初めて貰った!!めっちゃ嬉しいぃぃぃ!!ひろぱさんありがとうございます〜!!』
え、そんなに?
大袈裟なくらいに喜ぶ姿に心がザワついた。
『びっくりしたぁ〜本当にありがとう!!また来てくださいね!!』
ニコニコと手を振るのを最後に、俺は配信を抜けた。
「…名前…りょっピーっていうんだ」
りょう、とか?りょうた、とか?
どうでも良いことを考えながら、浴室へと向かう。
シャワーを浴びながら、あの声と笑顔がしばらく頭の中に残っていた。
それから1週間が経ち、また金曜日の暇な夜がやってくる。
「………暇」
いつものようにソファに寝転がると、スマホを手に取る。
「あ…配信、やってるかな」
先週ダウンロードしたアプリを立ち上げると、現在配信中のアカウントが表示される。
「…………あった」
目に留まる『りょっピー』の文字。
今日は既に5人の視聴者が来ているらしい。
ボタンを押して、彼の配信を観ることにした。
『あ〜でも、それで言うと〜…あ、ひろぱさん!!こんばんは〜来てくれてありがとう〜』
ニコニコとこちらに向かって手を振る。
覚えててくれたんだ…。
自然と頬が緩んだ気がした。
「こんばんは」
コメントを打ち込む。
『こんばんは!!今日も来てくれてありがとうございます〜今ね、りんごの話してたんですよ。青りんごってあるでしょ?あれって〜』
まるで、学生が休み時間にするような話題。
それでも、何故か画面を見ながら時々話の相槌でコメントを打つ。
たったこれだけのことでも、気付けば時間が過ぎていた。
「そろそろ落ちます。配信頑張ってください」
『ひろぱさんありがとうございます!!おやすみなさい〜』
まぁ、せっかく来たんだし。良いか。
俺は先週と同じギフトのボタンを押した。今回はミスじゃなくて、自分の意思で。
前回と同じ大袈裟なエフェクトが画面に流れる。
『えぇぇぇ!?今日も!?ありがとうございます!!!!えぇぇめっちゃ嬉しい!!』
「おやすみなさい」
『おやすみなさいひろぱさん!!また来てくださいね〜待ってます!!』
嬉しそうな顔を見ながら配信から抜ける。
他の配信を覗いてみると、ゲーム実況やら大食いやら、コラボ配信やらスタイルは様々だったが、特に目を引くものは見当たらなかった。
「………ふ〜ん」
そう、ふと指が止まる感覚は、あの時だけだった。
翌日の土曜日、俺は晩御飯を済ませてまたアプリを開いてみた。
「え、今日もやってんだ」
一覧に載っているあの名前をすぐに見つけた。
時計の針は丁度20時を指している。
『お、ひろぱさんこんばんは〜!!今日は一番乗りですね!!嬉しい!!』
「こんばんは」
一番乗り、その言葉が妙にむず痒い。
「今日もやってるんですね」
『そうなんですよ。基本的に金曜日と土曜日の20時からが多いかなぁ〜時間がある時は他の曜日もしますけどね!!』
「そうなんだ」
『ひろぱさん、晩御飯食べました?』
「食べました。うどん」
『え!!良いなぁ!!僕おうどん大好きなんですよ!!』
言葉の節々から感じられる育ちの良さや、表情の柔らかさ。これはモテるだろうなぁ、なんて考えていた。
『この前は天かす入れすぎちゃって、めっちゃ汁吸っちゃったんですよね〜それでね?…あ、めめるさんこんばんは〜いらっしゃい!!』
2人だけの会話は束の間。徐々に人が集まってくる。大人気には程遠いものの、一定のリスナーはいるみたいだ。
俺はしばらく配信を観たあと、いつものようにギフトを投げて先に抜けることにした。
『おやすみなさいひろぱさん!!またお話しましょうね!!明日の晩御飯、うどんにします!!』
俺との会話を最後に持ち出してくれる。
【うどん?何の話?】
【りょっピー明日うどん食べるの?】
話を知らない他のリスナーは当然な反応。それでも、彼は画面の向こう側でニコニコと手を振っていた。
健気なのか、天然なのか、俺は小さく笑って退出した。
「20時からか…金、土以外の平日は不定期ってことだよなぁ」
何を思ったか、彼のプロフィールに飛び、画面の右上にあるフォローボタンをタップする。
こうしておけば、彼が配信を付けた時に通知が来る。
何やってんだろ、なんて考えながらも、アプリを閉じると彼の声や顔がいつもしばらく頭に残っていた。
「お、通知きてる」
それからしばらく、金曜日と土曜日、そして通知が来た日は配信を観るようになった。
気が付けば、アプリに課金してギフトを投げるのが普通になる。まぁ、たった1000コインだし。
『ひろぱさん、こんばんは!!』
相変わらず明るいトーンで挨拶をしてくれる。何となく、こちらの気分も明るくなるような気がするから、彼の配信を観続けているのか、な?
『今日もお仕事お疲れ様でした〜』
俺が会社員をしてると知ってからは、平日の配信で労いの言葉をくれるようになった。
言葉って不思議なもので、明日も頑張ろうという気持ちにさせてくれる。
そう思えるようになったタイミングでの出来事だった。
「若井くん、悪いんだけどさぁ長期出張、頼めるかな?」
「えっ…あ、はい…」
「ごめんねぇ?忙しくなると思うけど、その分給与上がるから、ね?」
気の毒そうに言う上司に違和感を覚えながら向かった出張は、とてつもない激務の毎日だった。これも勉強だとパンクしそうになる頭を必死に働かせ、残業して家に帰ると配信の通知が来ている。
「……間に合わなかったかぁ」
そして、金曜日には華金を待ってましたと言わんばかりに出張先の上司に呑みに誘われる。
「若井くん、もう一件行こう!!まだいけるだろ!!」
「はぁ……お願い、します…」
元々酒に弱い俺は、もちろん土曜日を1日ベッドとトイレの往復に使うことになる。
「しんど……」
通知を見る度に、次こそはと自分に言い聞かせ、結局出張中に配信アプリを開くことはなかった。
「お疲れ様、出張大変だったろ?労いも兼ねて今日は呑みに行くか」
2ヶ月後、俺はやっと帰ってくることができた。
「いえ…今日は帰ります。またの機会にお願いします」
金曜日。何が何でも家に帰りたかった。
大量の出張報告書を全力で仕上げ、真っ先に帰宅する。
晩御飯と風呂を済ませると、とっくに20時を過ぎてしまっていた。
配信アプリを開き、目当ての名前を探す。
「……150人!?」
2ヶ月前、彼の配信の視聴者数は多くて10人程度だった。いつの間に、そんなに人気者になっていたのか。
「まぁ…そりゃそうか。見た目も声も良いしな?」
少し躊躇いながら、入室ボタンを押す。
『え〜?そうかなぁ?……あれ……え、ひろぱさん!?』
久し振りの声、柔らかい表情。
俺の入室通知を見た途端、彼は目を大きくして画面に顔を寄せた。
『ひろぱさんって…あのひろぱさんだよね!?わぁ〜お久しぶりです〜!!お元気でしたか?』
やっぱり、覚えててくれたんだ…。
俺は、何故かゾクゾクと肌が粟立つのを感じた。
「こんばんは。覚えててくれたんですね」
『もちろんですよ!!お仕事忙しいのかな?体調悪いのかな?って心配してました!!良かった〜来てくれて嬉しい!!』
「ありがとうございます」
ヤバい。俺もめっちゃ嬉しい。
それが正直な感想だった。
「出張行ってました」
『そうなんだぁ〜それは大変でしたねぇ。お疲れなのに来てくれてホント嬉しい』
久し振りのりょっピーは何も変わっておらず、ひとまず安心した。
【りょっピー、リスナーのこと覚えてたりするんだ?笑】
【俺も仕事疲れたから労って〜】
以前はゆっくりと流れていたコメント欄も、今となっては追うのが大変な程の量だ。
『いつも来てくれる人は覚えてるよ〜。特にひろぱさんは配信始めたての時から来てくれてる人だからね!!』
【私も古参目指すー!!】
100人以上もいる人の前で自分の名前を呼ばれる恥ずかしさと、どこか特別を匂わせるような言葉への優越感。
この時、俺は改めて自覚した。
「あぁ〜……これが沼、ね?」
はいはい、まんまとハマったわ。
『わ、もうこんな時間。今日ちょっと長めにやっちゃったね』
【え?もう終わり〜?】
【あと3時間くらいいけるよ!!】
『3時間は長いなぁ〜。続きは明日に取っとこうね。絶対やるから!!』
気付けば、今日は俺も最後まで配信を観ていた。久し振りの彼をしっかり堪能したいという思いがあったからだ。
『じゃぁ今日はここまで〜来てくれたみんなありがとう!!』
「お疲れ様でした。楽しかったです」
『あ、ひろぱさん〜!!今日は最後まで居てくれありがとうございました〜!!ゆっくり休んでくださいね』
以前と同じように、彼はふんわりとした笑顔でこちらに手を振る。
俺も変わらず、いつものギフトボタンを押した。
『えぇぇぇ!?ちょっとひろぱさん!!今日は来てくれただけで嬉しかったのに〜!!ありがとう〜明日も来てくれるかなぁ…でも本当に無理しないで休んでね!!』
仕事、頑張って良かった。
配信アプリを閉じると、俺はソファに寝転んだ。
「次は明日の20時かぁ…」
彼の言う通り、それまではゆっくり過ごすとしよう。
そう思った瞬間、これまでの疲れが押し寄せたのか、大きなあくびが出た。
そろそろ寝るかと体を起こすと、スマホの通知音が鳴る。
「ん…」
画面をタップすると、配信アプリからの通知だった。
『りょっピーさんにフォローバックされました。』
「…………………!!!!!!!!!!!?」
文字を何度も読み返す。彼のプロフィールに跳ぶ。
そこには、『フォローされています』の文字。
「…え………ウソ…」
結局、俺は疲れた体のまま、ろくに眠ることができなかった。
ーto be continuedー
コメント
2件
2人とも素敵だなぁ、
みぅだよ🤍 この第1話、一気に読んじゃった…! 社会人2年目のひろぱさんが、何となく入った配信でりょっピーにハマっていく流れがすごくリアルで、こっちまでドキドキした。りょっピーの優しい声とか、ひろぱさんだけ覚えてくれてる特別感とか、もう沼に落ちる気持ちが手に取るようにわかる。出張で離れてた2ヶ月の空白を経て、視聴者が増えた配信に戻った時のひろぱさんの感情の動きが丁寧で好き。まさかフォローバックされるとは思わなくて、最後の眠れなくなる感じにじーんとしたよ。続きがすごく気になる…!