「何この事件怖いね」
渡邉さんがひょうひょうと言う。
「でもここにいると、こんなニュース観るくらいしかエンタメがないよね」
人殺しがエンタメって。
やはり渡邉さんは変わっている。
私は間違えたのだろうか。
あやかちゃんと母親二人を助けたこと。
サタンには本当はどちらか一人と言われた。
どちらを助けるべきだったんだろう、まさか…。
その瞬間、頭にサタンの声が聞こえた。
゛どうだ。お前の選んだ命の結果は゛
「…間違っていたってことなの?」
「え?何、櫻田さん?」
どうやらサタンの声は私の頭にだけ響いているようで、渡邉さんには私の声は独り言に聞こえたらしい。
゛何を間違えていたかわかるか゛
わかるわけないでしょう。
頭が混乱している。
あの屈託ない笑顔の少女と殺人事件が全く結びつかない。
何かの間違いよ。
あの子が母親を殺すわけない。
話し合いたいから母親を助けてくれと言った。
そうよ、あの子が殺人なんてするわけない。
したとしても、悪いのは虐待していた母親なのだから。
゛少しの間現実を見せてやる゛
どういうこと?
゛現実世界に戻してやるから生を体感してこい。そして、間違い探しをしろ゛
元の世界に戻れるの?
娘に会えるの?
間違い探しって…
次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
気が付くと殺風景な部屋にいた。
部屋の隅にはスーツを着た中年女性が立っている。
机を挟んで目の前に座っている少女。
あやかちゃんだ。
「おばさん!会いに来てくれたの?」
あやかちゃんが嬉しそうに笑う。
ああ、やっぱりあのニュースは嘘だ。
「あやかちゃん、元気だった?大丈夫?」
「うん、おばちゃんのおかげで元気だよ」
「お母さんとは、きちんと話し合いできた?」
「話し合い?」
あやかちゃんは首をかしげた。
「ああ、そんなこと言ってたっけ?」
そう、母親とどうしても話し合いたいからと私は二人の命を助けてほしいとサタンに願ったのだ。
「そんなことって…。覚えていないの?」
「ねえ、おばさんには本当に感謝してる」
「どうしてもお母さんは私の手で殺したかったの」
背筋がゾッとした。
今すぐこの場から逃げ出したかった。
「それは…それだけお母さんを憎んでいたから?」
そうでしょう?
「別に、憎しみとか何もなかったけど私の自由を邪魔するから」
「虐待されていたから自由がなかったのね?」
「虐待といえば虐待だよね」
「あやかちゃん、怪我させられていたじゃない?」
「ああ、あれは自分でやったの」
どういうこと?
まだあやかちゃんの顔にはあざが残っていた。
「こうして虐待されていた事にすれば、お母さんを殺しても私が悪いことにはならないかなって」
悪魔だ。この娘は悪魔だ。
「どうして、お母さんを殺したの?」
「最初に私が殺ったのはお父さんよ」
頭を殴られたような衝撃。
信じがたい言葉が少女の口からスラスラ出てくる。
「お父さんも…あなたが殺したの…?」
「お父さんも私の自由を奪ったから」
「嫌なことをされていたの?」
「私がね、拾ってきた猫を殺したら怒られた」
ニュースでは、少女の部屋には小動物の死骸が発見された、とあった。
本当にこの娘がやったことなのか。
「何故、猫を…」
目の前に人殺しがいる恐怖。
体が震えて喋るのも怖くなってきた。
「小さい時から私の趣味だったから。血とか体の中を見たいとか、それが私の夢中になれる遊びだったの」
うっすら笑いながら楽しそうに話すあやかちゃんを見て私はもう何も言えなくなっていた。
「それを邪魔するお父さんは私と価値観が違うんだと思って、邪魔だから殺した」
「でもね、お母さんも卑怯なの。私はお父さんも猫みたいに解体してみたかった。解体するための道具を買いに行こうとしたら、お母さんがその間にどこかにお父さんを捨ててきちゃった」
ニュースではお父さんは失踪、とあった。
だからか。
「お母さんはなぜ殺したの…?」
恐る恐る私は聞く。
「お母さんはずっと怯えていた。私を刺激しないように過ごしているのがわかって腹が立った。母親ってどんな子供でも受け入れてくれるものじゃないの?」
あやかちゃんの思考は全く理解できないものだった。
「お母さんも悩んでいたんだと思うよ…」
私は声を振り絞って一言発した。
「どうして?私がお父さんを、動物を殺したから?私の趣味を理解しないお母さんが悪くない?」
「あやかちゃん、人も動物も殺しちゃいけないの…」
「どうして?戦争では人を殺して良いのに?私は何故駄目なの?」
「わからない…わからないけど、人の命は…」
この娘と話しているとますます分からなくなる。
命がなんなのか。
命の尊さの理由が分からなくなる。
果たして命に意味があるのかさえ。
「ねぇ、おばちゃん。ここは更生施設だけど」
あやかちゃんは、急に小声で話し始めた。
「私はここをでたらまた人を殺すと思う。だってそれが私のライフワークだから」
「神様」の言っていた何年かに1回の失敗作。
まさしくこの娘がそうだった。
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