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チャイムが鳴った。金属の音が空気を割る。
教室のざわめきが一気に解放され、椅子が引かれる音、笑い声、机の上をすべるペンケースの音が混ざり合う。
私は静かにノートを閉じる。
ページの間に挟まった鉛筆の粉が、光の中できらりと散った。
「葵ちゃん、お昼どうする?」
後ろの席の子が声をかけてくる。
振り向くと、その子の笑顔がまぶしいくらいに真っすぐだった。
私はその光を、まるで日差しから身を守るように、わずかにまぶしげに目を細める。
「ううん、今日はいいや。ちょっと用事あるの」
即答。
言葉の角を丸くして、穏やかに断る。
「そっか〜、じゃまたあとでね!」
そう言って彼女は、別のグループに混ざっていった。
笑い声が遠ざかっていく。
私は立ち上がり、窓の方へ歩く。
外は眩しすぎて、世界がぼやけて見える。
グラウンドでは男子がボールを蹴っている。
その声も、汗の匂いも、何もかもが遠い。
――ここは透明な水槽みたい。
みんなが水の外で息をして、私は中で音もなく沈んでいる。
ポケットの中でスマホが震えた。
メッセージの通知。
画面を見ると、「また来週、補習あるね。がんばろう!」
クラスのグループLINE。
「了解」とだけ返して、画面を伏せた。
……何かが満たされない。
それなのに、誰にも求められたくない。
誰かに寄りかかることは、弱さを晒すことみたいで怖い。
窓の外で、蝉が鳴いていた。
熱気と音の膜が、校舎を包み込む。
「ねえ、葵」
振り向くと、そこに立っていたのは一人の女の子だった。
黒髪を耳の後ろで結び、無表情に近い顔。
どこか、私に似ている気がした。
「……なに?」
「あなたって、いつも平気そうにしてるけど」
彼女は机の端に指を置き、視線を落とした。
「ほんとは、ちょっと疲れてるでしょ」
一瞬、息が止まった。
その言葉が、透明な水槽の中まで届いた気がした。
――踏み込まれた。
けれど、反射的に微笑んでしまう。
完璧に作られた笑顔。
「そんなことないよ」
「ほんとに?」
彼女は目を逸らさなかった。
その真っ直ぐな瞳が、私の奥を覗こうとしてくる。
胸の奥が、ひどくざわついた。
逃げたいのに、目が離せない。
まるで、夏の光の中に閉じ込められたみたいだった。