朝帰りの時、会社の中が随分と騒がしかった。エレベーターの音が漏れるくらいの音だった。音というよりも悲鳴に聞こえた。エレベーターが開いた瞬間、俺は何者かに噛みつかれた。俺は少しの間気を失っていた。起き上がってエレベーターにある鏡を見ると、青白い肌、着慣れていたスーツは汚れ、目には生気がなかった。なんだ・・・この姿は・・・。すると、帰る時間になり携帯のアラームが鳴った。自分の姿なんて今はどうでもいい。今日は結婚記念日。妻には内緒で早めに帰ることを教えていない。携帯のホーム画面には、俺と妻が写っている写真があった。妻の顔はモナリザのように微笑んでいて、その顔がかわいらしくてついホーム画面にしてしまった。いつ見ても可愛らしい・・・。
すると、かすかに妻の香水の香りに似た匂いが風に混ざって流れてきた気がした。記憶の奥にある彼女の声に引かれるように、俺は無意識に歩を進めていた。路地裏には、人の気配がないはずなのに、何かがこちらを見ているような気がしてならなかった。息が白くなっていく。心臓はもう動いていないのに、胸のあたりがざわついていた。
確かこっちに行ったような・・・。俺は薄気味悪い路地裏に行った。すると・・・
「すみませーん、ちょっとお話いいですか?」
後ろから、警官たちに肩をつかまれ話しかけられた。
「職務質問です。これからどこに行かれるのですか?」
こんな奴には構ってられない。俺は自分の方にある警官の手をどかし、離れようとしたがまた止められた。俺は警官の方に振り返り唸った。
「こつ・・・こいつ人間じゃないぞ・・・ゾンビだ・・・!」
俺は逃げようとしたが警官に撃たれ体から力が抜け倒れた。あぁこれでおしまいか…
「すぐに死んだな。」
ドクンッ
「ん・・・?こいつまだ生きてるぞ・・・!」
俺は蘇るさ・・・貴方のためなら何度でも・・・。ただ貴方からの、愛がほしくて・・・
死にたくても生き返ってしまうんだ・・・貴方がくれた命だから・・。でも、愛がほしくて・・・貴方に愛されたくて…。
俺は、警官たちの腕や足に噛みつきその場から逃げて、彼女のあとを追いかけた。
すると幻覚なのかわからないが、俺の胸から赤い糸伸びてグラグラとゆれ、どこかへ導いている。俺はその糸に導かれるまま、フラフラと歩き出した。懐かしい香りが鼻をくすぐる ・・・彼女の香水だ。記憶の奥底に焼き付いて離れない、あの匂い。その香りが風に乗って漂ってくるたび、俺の足は加速していた。もう思考では止められなかった。気づけば、あの通い慣れた道を歩いていた。帰ってくるたびに、窓から光が漏れていた家。俺と彼女が、夫婦として暮らしていた場所。路地の角を曲がった瞬間、胸の中がざわめいた。呼吸はもう必要ないのに、喉が熱くてたまらなかった。懐かしさと罪悪感が、腐りかけた心臓を締め付けるようだった。家の前に立つと、灯りがついていた。誰かがいる。間違いない。彼女がいる。俺はゆっくりと玄関に近づいた。中からかすかに、テレビの音が聞こえる・・・そして、笑い声も。 男の声。まさか誰かが彼女の隣にいるのか?俺はドアに手を当てたまま、立ち尽くした。 指先が震える。自分でもわかるくらい、力が入っていた。その瞬間、ドアの隙間から、またあの香りが流れてきた。
「帰って・・・き・・・たよ・・・・」
誰にも聞こえない声で、俺はそう呟いた。
何かが切れた音がした。
玄関のドアが開いたそれがドアの鍵だったのか、俺の中の理性だったのかは、わからない。そして、ゆっくりと、すると、小刻みに謎の一定のリズムが聞こえてくる。ワラい声と、誰かの低い響きが漏れて聞こえてくる。俺は立ち尽くしていた。拳を振るでも、叫ぶでもなく、ただその場に沈むように。声は俺が一番よく知るものだった。けれど、それが誰に向けられているのか、考えるまでもなかった。ドアの向こうには、かつて毎日手を重ねた人がいた。今、その手が別の誰かに触れられている。俺はその音を聞きながらドアの前にしゃがみ静かに泣いた。
すると部屋の中から悲鳴が聞こえた。後ろを見るとしまっていたはずのドアが開いてるた。部屋は服や物が散乱していた。すると見知らぬ男が俺に襲いかかってきたが殴り倒した。 妻はベッドにいて怯えていた。やっと見つけた・・・俺の愛しい人・・・。しかし、さっきの警官たちがつけてきたのか俺を後ろから押さえつけ手錠をかけられた。
捕まえた・・・こいつなんで撃っても死なないんだよ・・・」
「おい応援を呼べ。こいつまた暴れだすかもしれないっ・・・ぐ・・・っ」
愛していた。いや、今も愛してる。だから、帰ってきた。腐りかけたこの身体を引きずってでも。すると、突然警官たちがゾンビになった。恐らく俺が噛んだことによって、感染したようだ。ゾンビ化した警官たちは、妻に近づき襲いかかろうとした。俺は全力で、手首についている手錠をとろうとしたが、噛んでも叩いても壊れなかった。このままじゃ彼女が死んでしまう・・・。俺は自分の腕に噛みつき肉を引きちぎり、骨も噛み砕いた。ようやく手が自由に。俺は、妻に襲いかかろうとしている警官をけり倒した。彼女は無事か・・・?俺は彼女の方に振り返った瞬間、俺と全く同じの指輪を投げつけられた。この指輪は、俺たちが結婚したことのあかしだった。俺は彼女を押し倒した。どうして、どうして・・・ずっと君を愛していたのに・・・何が足りなかったんだ・・。目の奥が熱くなり涙が彼女の類にこぼれ落ちた。彼女は体を震わせ、まるで弱った小鹿のように見えた。俺は怯える彼女にそっと唇にキスをした。彼女は驚いた顔をしながら俺を見ていた。
だが、俺は理性が抑えきれず、彼女に噛みついた。あぁこれが彼女の味か・・・口から飲み込んだ愛しい人の血が全身をめぐってくる・・・。壁や床に、血しぶきが飛ぶ。まるで、ファンフアーレにように華々しく美しかった。俺は彼女を逃がさないようにしっかりと隙間なくびったりと抱きしめた。これがぬくもりってやつか。こんなに暖かいんだな・・・。でも、こんなにしっかり抱きしめているのに、ひやりとした風が、俺たちの間を通った。
気が付くと、目の前には悲惨な姿になった妻がいた。部屋の壁には血が飛び散っていた。 俺はなんてことをしてしまったんだ。最愛の妻を殺してしまった。ごめん、ごめん、ごめん ・・・こんなことしたくなかった。こんなの愛とは言わない・・・。すると、ずっと俺の目の前にあった赤い糸は切れていた。
俺はしゃがみ、冷たくなった彼女の体を抱きしめた。
俺は・・・っ、俺は・・・ただ、愛がほしかっただけなのに・・・つどうしてこうなってしまうんだ・・も指輪が風に転がっていく。それを追いかけるでもなく、俺はただ空を見上げた。灰色の空。 まるで、彼女の瞳のようだった。もうすべては終わった。でもなぜか、胸の奥が静かだった。 ようやく・・・終わったんだ。この命が「彼女からもらったもの」だと信じていた。けれど、今わかる。あれは俺自身の妄想だった。愛を欲しすぎて、形を歪めてしまった。風が吹くたびに、彼女の香りがまだ残っている気がした。でももう、追わない。俺は、屋上に立ち、そっと目を閉じた。あの世で、許されなくてもいい。ただ、名前を呼んでほしいだけだった。
俺は一歩踏み出す。風が冷たい。
誰もいない屋上。
そこには指輪だけが残った。
コメント
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初コメ失礼します🙇♀️めちゃんこ文章天才じゃないですか?!好きです、、🫶🏻💕︎︎ あと不快に思われたら申し訳ないのですがtooboeさんの心臓という楽曲に雰囲気が似てて勝手に感動してしまいました、、