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#シリアス
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その大きな手が、僕の前髪をかき分けようとした、その瞬間────
ビクッ
僕の肩が、無意識に大きく跳ねた。
「……っ」
自分でも嫌になるくらい、怯えたような反応。
天馬くんの手が、空中でぴたりと止まる。
「……怖い?」
その声はどこまでも優しくて、僕を責めるニュアンスなんて微塵も含まれていなかった。
それが、今の僕には何よりも痛い。
僕はぎゅっと、自分の制服の裾を握りしめた。
「…ま、前髪掴まれるトラウマが……どうしても、抜けなくて……」
言葉が震える。
中学の頃、執拗に繰り返されたあの日々。
無理やり前髪を掴まれ、逃げ場のない場所で浴びせられた罵倒。
「怖がっちゃって、ごめん……。天馬くんのこと、好きなのに。信じてるはずなのに。僕、最低だよね。信用してないみたいに見えるし……っ」
情けない。
せっかく想いが通じ合って、恋人になれたのに。
僕はいつまで、あいつらが残した影に怯えているんだろう。
「…中学の頃から、どうしても……人のこと、疑っちゃう癖がついて……。天馬くんとちゃんと向き合いたいのに、恋人らしいことできなかったらどうしようって。もっと、ちゃんとしなきゃって、分かってるんだけど────」
視界がじわりと滲む。
自分を責める言葉を吐き出し続けようとした、その時だった。
ふわっと、僕の身体が浮くような感覚。
「……っ」
気づけば、僕は天馬くんの腕の中にいた。
彼の胸に顔を埋めるような形で抱きしめられ、腰には回された腕の確かな重みを感じる。
「……いいって、少しずつで」
耳元で、低くて落ち着いた声が響く。
頭をぽん、ぽんと、子供をあやすように優しく撫でられた。
「水瀬のペースでいいんだよ」
「…え」
「俺のこと、100%信用できるようになるまで……怖がってても、震えてても、俺はどこにも行かないから」
天馬くんの胸板越しに、力強い鼓動が伝わってくる。
ドクン、ドクンと、僕の不安を打ち消すようなリズム。
「絶対何度でも安心させるから。それでも俺を信じるのが難しいなら、俺が水瀬を信じてることを信じて」
その言葉が、凍りついていた僕の心の奥底を、じわじわと溶かしていく。
苦しくなるほどの優しさに、僕はたまらなくなって、彼の制服の背中をぎゅっと掴んだ。
「……っ、てんまくん……」
「ん?」
「……すき。だいすき」
掠れた声で呟くと、僕を抱きしめる天馬くんの腕にぐっと力がこもった。
「……っ、急にそういうこと言うの反則」
「えっ?」
「……かわいすぎて、こっちの心臓が保たない」
少しだけ顔を離すと、天馬くんは耳まで真っ赤に染まっていて。
ああ、緊張しているのは僕だけじゃなかったんだと知って、不意に胸が温かくなった。
◆◇◆◇
それからの数日間
僕たちは「恋人」という関係に慣れるために
いわゆる“リハビリ”のような時間を設けるようになった。
一気にハードルを上げるのではなく、まずは、日常の小さな接触から。
その最初の一歩が、手を繋ぐこと。
放課後
部活や補習を終えた生徒たちもまばらになった、夕暮れ時の帰り道。
人通りの少ない路地に入ったところで、天馬くんが立ち止まった。
「……じゃ、今日もやる?」
「“やる?”って言い方、なんか変だよ……」
「だって、手繋ぐだけなのに毎回お互い構えすぎてて、もはや儀式じゃん」
「だ、だって緊張するんだもん……!」
僕がむくれて言い返すと、天馬くんは「はいはい」と苦笑いしながら、大きな右手を差し出した。
「ほら。水瀬から触ってみ」
「……っ」
恐る恐る、自分の手を伸ばす。
指先が微かに触れ合っただけで、心臓のドラムが鳴り響く。
ゆっくりと、僕の手を彼の掌に重ねる。
すると、天馬くんは逃がさないように優しく
けれどしっかりと、僕の指の間に自分の指を滑り込ませてきた。
「……っ、!」
指と指が複雑に絡み合う、恋人繋ぎ。
直接、皮膚と皮膚が密着する面積が増えて、脳内が真っ白になる。
慣れない感覚。
繋がれた僕の指先が、小刻みにピクピクと震えた。
「…っ、無理、なんか…変な感じする……!」
あまりの気恥ずかしさに、僕は繋いでいない方の手で顔を覆った。
「ははっ!」
天馬くんが愉快そうに吹き出す。
「ほんとお前、いちいち反応が初々しいっていうか……かわいすぎ」
「か、かわいくないっ。こっちは必死で……!」
「はあ、可愛い……」
迷いのない即答。
僕はもう、返す言葉もなくて、伸び放題の前髪で顔を隠すように俯いた。
それでも。
繋がれた手だけは。
家が近づいて、「じゃあな」を言うその瞬間まで、一度も離れることはなかった。
少しずつ、本当に少しずつだけど。
僕の中の冷たい過去が、天馬くんの体温で上書きされていく。
恋人の練習は、まだまだ始まったばかりだ。