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空は相変わらず、薄暗かった。
雲がどんよりと広がり、もうすぐ昼になろうというのに気温が上がってくれない。
「……はぁ、寒い……」
その寒さは、手がかじかむほどだった。でも今って、一応夏なんだよね……?
「……フィノールの街で羽織るものを買っておいて良かったですね。
少しの時間ならまだしも、ずっと外を歩くには寒さが堪えますし……」
「本当に、街に立ち寄れて良かったです。
テレーゼ様様……ですね」
このまま歩きでクレントスに向かうとしたら、またずいぶんと時間が掛かってしまう。
馬車を再び買うことができれば良いのだが、七星に場所がバレていた以上、私たちの新しい偽名もバレているかもしれない。
……そうなると、これから街や村に寄るというのも難しくなりそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、しばらく黙々と歩いていると、遠くから馬の|嘶《いなな》きが聞こえてきた。
「……馬? こんなところに誰かいるのかな」
「少し様子を窺いましょう」
私の言葉に、ルークは耳を澄ませ始めた。
しばらくすると――
「何やら怒号が飛んでいますね。
誰かが何者かに襲われているようですが……」
具体的な内容までは聞こえないが、確かに何となく、そんな感じの声が聞こえてくる。
「うーん……。どうする?」
「どうしましょう」
うーん……。
誰かが困っているのであれば、本来は助けに行きたいところではある。
しかし私たちも散々な状況にあるわけで、余計な厄介ごとには首を突っ込みたくない……という気持ちもあるのだ。
「……でも、少なくともこんな場所なので……馬車はありますよね?
馬の|嘶《いなな》きも聞こえましたし……」
「ふむ……」
エミリアさんの言葉に、私は考える。
もしも誰かを助けられたなら、それは良し。そのまま馬車に乗せてもらおう。
もしも全員が敵ならば、それはそれで良し。そのまま馬車を奪ってしまおう。
何とも打算的な考えではあるが、敢えて火中の栗を拾うのだ。
これくらいのことを考えても、きっとバチは当たらないだろう。
「――それじゃ、ひとまず助けてあげましょうか。
どうにか馬車に乗せてもらって……もしくは頂いて、さっさとクレントスを目指すことにしましょう」
「あはは……。アイナさん、悪ですね♪」
「エミリアさんだって、そこまで考えていたんでしょ?」
「……お二人とも、逞しくなられて……」
最後のルークの言葉が少し気になったけど、私たちはとりあえず、その場所に向かうことにした。
さすがに七星やら英雄やらはいないだろうし、それならきっと、どうにでもなるだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私たちがその場所を訪れたとき、一台の馬車が一人の野盗風の男に襲われているところだった。
ルークは普通の剣の方を抜いて、その男をあっさりと斬り払う。
……私たちが来るまでかなりの時間があったのに、まだ襲っている最中だったとは。
何とも手際が悪い……というべきか。
「大丈夫ですか?」
ルークが馬車の中に声を掛けると、家族と思わしき3人が降りてきた。
旦那さんと奥さん、それに小さな女の子……という構成だ。
「おお……、助けて頂いてありがとうございます。
……突然この男に話し掛けられて、難癖をつけられて困っていたのです……」
「難癖? 野盗では無かったのですか?」
実際、その男は重そうな短剣を振り回していた。
野盗では無いと言っても、逆に信じられないくらいだ。
「いえ、野盗の一員ではあるようなのですが……。
物盗りのあと、一人だけ置いてけぼりにされたとかで……馬車に乗せろと脅迫されてしまって」
なるほど、目的は馬車に乗せてもらうことだったのか。
それならこの家族を殺してしまうわけにはいかなかったのだろう。
「ひとまずご無事で何よりです。怪我はありませんか?」
「はい、おかげ様で!
……ところであなた方は一体?」
「私たちは偶然通り掛かった冒険者です。
私がメイベル、あっちがブレントとナタリーです」
「金にもならないのに、危険を冒して助けて頂けるなんて……!
もしよろしければ、街でお礼をさせてもらえませんか?」
旦那さんは目をキラキラとさせて、そんなことを言い始めた。
それはとってもありがたい申し出だけど、今は街には入りたくない。……捕まってしまう可能性があるから。
「申し訳ありません、今は先を急いでいるところなので……。
もしお礼をしてくださると言うなら、馬車に乗せてもらえませんか?」
「ええ、もちろんですとも!
私たちはクレントスに向かう途中だったのですが、あなた方はどちらに?」
――え? クレントス?
私は思わず、ルークとエミリアさんの方を振り向いた。
二人も思い掛けない展開に驚いていたが、次の瞬間には頷いてくれていた。
「えぇっと……私たちもクレントスの方に向かっているんです。
できる限りで結構ですので、乗せて頂けますか?」
「そうでしたか! それではクレントスまでご一緒いたしましょう」
「わーい♪ お兄ちゃんとお姉ちゃんたちも一緒だー♪」
旦那さんの言葉に、娘さんも喜んでくれた。
ルークは御者をしなくて済むし、私たちも楽しく過ごすことができる。
これはある意味、最高の展開なのではないだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゴトゴトゴト……。
馬車は細かく揺れながら、細い街道を走っていく。
しかし――
「……あれ?」
不意に、馬車の揺れ方が変わる感じがした。
不思議に思って外を見てみれば、街道から荒れ地に入ってしまったようだ。
これにはルークもおかしいと思ったようで――
「すいません、街道から外れたんですか?」
「ええ。少し揺れますが、これが近道なんですよ」
旦那さんは振り返ることなく、ルークに返事をした。
ルークはそれを聞いて、私たちに小さな声で話し掛けてきた。
「……何だかおかしいです。
この先をずっと行っても、街道より遠回りになります。
小さな村はありますが、立ち寄る意味は特に無いはずですし……」
「そうなの? ……道を間違えているのかな?」
「それは考え難いですが――」
……もう少し詳しく聞いてみる?
何だったら、間違いを指摘する?
そんなことをこそこそと話していると、旦那さんが声を掛けてきた。
「ははは、申し訳ありません。
少しだけ寄りたいところがあるんですよ。もうすぐ着きますから、今しばらく我慢してくださいますか?」
「はぁ……」
旦那さんの声に、私は何とも間抜けな返事をしてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく進むと、高い岩場が見えてきた。
馬車は岩場の間を縫うようにして、どんどん走り抜けていく。
「――さぁ、ここを抜けた先ですよ。
そこでしばらく、景色を楽しむと良いでしょう」
……景色? もしかして、何かの絶景ポイントなのかな?
いやいや? そんなのを見に行くくらいなら、さっさとクレントスへ向かいたいんだけど――
そう思った瞬間、馬車は岩場から抜けて、私たちの目の前には広大な荒れ地が広がった。
――荒れ地?
ここで景色を楽しむだなんて――
しかし次の瞬間、私たちの目には別のものが映った。
大量の人影。兵士の姿が多く、横に一列に……いや、円状に並んでいる。
円の中心は、まさに私たちが向かっている場所――
「――罠……?」
野盗に襲われていると見せかけて、まさか最初から罠だった……?
ルークもエミリアさんも、これには愕然としている。
…………何てこった……。