テラーノベル
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会議室の窓は、午後の光を斜めに切り取っていた。
高層ビルの合間を縫ってくる陽が、長机の上を静かに這っている。
都心のオフィスにしては珍しく、壁一面がガラス張りで、外の景色がやけに遠く感じられる部屋だった。
「お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」
ブランドディレクターが、資料を配りながら丁寧に頭を下げた。
今日集まったのは四人。広告代理店のディレクター・勇斗、フリーランスのヘアメイクアーティスト・仁人、フリーのフォトグラファー・舜太、そして事務所所属のモデル・柔太朗。
勇斗と仁人は、もう三年近く現場を共にしている仲だ。
舜太と柔太朗も、二年前の大きな仕事以来、互いの呼吸をよく知っている。
けれど、この四人が一堂に会するのは、今日が初めてだった。
「初めまして。広告代理店の者です。今回ディレクターを務めます」
勇斗が真っ先に立ち上がり、テーブルの向こうへ手を差し出した。人懐っこい笑顔と迷いのない声。
「初めまして、フォトグラファーの舜太です。よろしくお願いします」
舜太も気負いなく握手に応じる。
人との距離を詰めるのに時間のかからないタイプ同士は、あっという間に打ち解けた空気を作ってしまう。
「ヘアメイクの仁人です。よろしくお願いします」
対照的に、仁人は淡々と、けれど丁寧に頭を下げた。愛想がないわけではない。
ただ、初対面の相手には一定の距離を保つ主義なのだと、隣に座る勇斗だけが知っている。
「モデルの柔太朗です。よろしくお願いします」
柔太朗もまた、静かに会釈をした。物腰は柔らかいが、どこか掴みどころのない涼しさがある。
舜太が横からその横顔をちらりと窺うのを、当の柔太朗は気づいていない。
自己紹介が一巡すると、ディレクターがスクリーンに資料を映し出した。
「今回発表する新作フレグランスは、ウズベキスタン・ヒヴァに伝わる、ある恋物語をコンセプトにしています」
古い城壁に囲まれた旧市街。迷路のように入り組んだ路地。
砂色の建物と、それを縫うように延びる細い影。
スクリーンに映る写真はどれも、現実離れした美しさを湛えていた。
「その昔、愛する人を失うことを恐れたある男が、その人を迷宮に閉じ込めました。迷宮には出口がなく、最後に残ったのは──愛する人が纏っていた香りだけだった、と伝えられています」
説明する声は、よく練られた台本のように滑らかだった。悲しくて、美しくて、どこか遠い国のおとぎ話。
「そして、これがコピー候補です」
スクリーンに一行の文字が浮かぶ。
「出口をなくしたのは、愛だった。」
しばらく、誰も口を開かなかった。
「……素敵ですね」
先に口を開いたのは仁人だった。物語そのものには素直に惹かれている様子だった。
けれどその声には、わずかな硬さが滲んでいた。何か、言葉にできない引っかかりがあるような。
「めっちゃロマンチックやん。こういう歴史物語、燃えるなあ」
舜太が屈託なく声を弾ませる。彼にとっては単純に、心が動かされる話だった。
柔太朗は何も言わず、ただ静かにスクリーンを見つめていた。
そのままふと視線を滑らせて、隣に座る舜太の横顔を一瞬だけ見る。何を考えているのか、本人にもまだよく分からない。すぐに、また前を向いた。
勇斗はといえば、誰よりも大きく頷いて見せていた。
「いいっすね、綺麗な話だ。絶対いいキャンペーンになりますよ」
現場の空気を作るのは得意だった。クライアントの前で疑いを見せることほど、無意味なことはない。
けれど、内心では別のことを思っていた。
──綺麗すぎるな。
理由はうまく説明できない。ただ、あまりにも整いすぎた物語には、いつも何か大事なものが削ぎ落とされている気がしてならなかった。それが仕事だと分かっていても、その感覚だけは拭えない。
打ち合わせは、その後も滞りなく進んだ。
撮影のスケジュール、現地の手配、必要な準備。
ヒヴァへの渡航は、思っていたよりずっと早く決まった。
「それでは、詳細は追ってご連絡します。よろしくお願いいたします」
会議室を出ると、廊下にはさっきより柔らかい光が差していた。
エレベーターへ向かう四人の足並みは、どこか歩幅が揃わない。
「仁人、今夜空いてる?」
勇斗がさりげなく声をかける。
三年の付き合いだからこそ滲む、遠慮のなさと、ほんの少しのぎこちなさが同居した声だった。
「……今日は無理です。明日も早いんで」
「わかった、了解。じゃあまた連絡する」
短いやり取り。それだけで終わる会話に、二人とも慣れすぎていた。
一方で、舜太と柔太朗は自然な足取りでエレベーターホールへ向かっていた。
「柔太朗さん、あの話どう思った?」
「まぁ、綺麗な話だとは思うけど……なんでだろ、ちょっと不思議な感じもしたかな」
「分かる気がするわ。綺麗すぎて、逆に本当かなって思うっていうか」
他愛もない会話が、二人の間には当たり前のように流れていく。
エレベーターの扉が開き、四人がそれぞれの重さを抱えたまま乗り込んだ。
扉が閉まる直前、ガラス越しに午後の空が細く見えた。
──綺麗すぎるな。
勇斗はもう一度、胸の中だけでそう呟いた。
その言葉の意味を、この時の彼はまだ、正しく理解していなかった。
すみれₛᵤₘ!ᵣᵕ̈dayo‐
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コメント
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うわ、めっちゃいい導入だった……! 四人のキャラが自己紹介の仕方だけでそれぞれ違ってて、「この人どういう人なんだろう」って自然に気になる。特に勇斗の「綺麗すぎるな」って胸の内の違和感、まだ表面上はプロジェクトが進んでるのに読者だけその引っかかりを共有できるのが好き。おとぎ話の“出口のない迷宮”って設定も美しくて、これがどう絡んでくるのか気になる——続きが待ち遠しいです!