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「……あ。起きた?」


いつ眠ったのかも判然としない、ぼんやりとした目覚めの中。鼓膜をくすぐった囁き声に、自分が意識を取り戻したことに気づくよりも早く、反射のように体が跳ねた。


「──……っ、……あ、ぇ……?」


半開きの口から、まのぬけた声が漏れる。明るくぼやけた視界の中で、それを聞いた彼が──らっだぁが、馬鹿にしたように鼻で笑った。


瞬間、一気に焦点が定まる。ふわふわとセットされた、色を抜いて鈍く光る黒い髪。つくりもののように整っているのに、綺麗と言われることを嫌がる顔。甘くとろけるような微笑みと、そのわりに意外なほど吊り上がったまなじりが、ベッドの上に覆い被さるようにして、僕のことを見下ろしていた。

寝ぼけた脳みそを、警戒信号が叩き起こす。誰だって無条件に好意を抱いてしまうほど綺麗なその顔は、だけど僕にとっては『危険』の象徴でしかない。だって仕方ないだろう、だってこの人は、──僕をレイプした人なのだから。


「ひっ……──アッ、!?」


本能的な恐怖に一気に体がこわばって、距離を取ろうと動く。いや、動こうとした。けれど、逃げるために体を支えようとした腕がぐんっと引き戻されるような感覚に襲われて、引き攣った悲鳴にガチャンと耳障りな金属音が重なる。

一体なんの音、と反射的に見下ろした手首を、……分厚い革のベルトが、ぎちぎちと締め上げていた。


「……ふっ、ふふッ、あーびっくりしちゃってる……。んん、あは。あんまり動かない方がいいよ。痛めちゃうからさ……まあ、動けないだろうけど」


らっだぁがくつくつ笑う。心底面白そうに笑うその振動が、頭の両側を囲う腕からシーツに染みて伝わってくる。それを無視して──というか構う余裕もなく──視線をさまよわせてやっと、自分の現状に気づいて、勝手にぽかんと口が開いた。


まず、裸だ。ベッドに入る前たしかに着込んだはずのパジャマは下着ごと剥ぎ取られ、床に放り捨てられているのがらっだぁの体の隙間から見える。

その上で、彼の胴を挟むように足を大きく開かされ、太ももと足首と手首に巻かれた革ベルトを、金の鎖ががっちりと繋ぎ止めていた。膝を折り曲げられて伸ばせない足首に、おまけみたいに手首がくっつけられている。

鎖はそこまで重たくなくて安っぽいのに、折りたたむようにまとめられた手も足もまるで動かない。胸もお腹も、足の間のいちばん見られたくないところさえも無防備に晒して、文字通りどう足掻いても隠せない姿勢で、完全に拘束されてしまっていた。


「なッなにこれ、やだっ……!

らっだぁ、何、」

「あーこらこら、動かないでってば。ていうかうるさいよ、静かにして」


鬱陶しそうに軽い語調で、顔面ごと掴むように口を塞がれて「んむ゛ぅ、」と無様に呻く。みち、と頬骨が軋むほど圧力がかかったのは一瞬のことで、しかしその一瞬で十分だった。彼から与えられる暴力の味をいやというほど学んでいる体から、抵抗する気力を削ぐのには。


はじめての時のことを──何度も殴られ、死ぬほど首を絞められたあの苦痛と恐怖を思い出して、途端に体がすくんで動かなくなる。目ざとくそれを見てとったらっだぁが、にっこりと満足げに微笑んで、ゆっくりと手を離した。


解放されたくちびるが、はく、と一度震える。裸を見られる羞恥心なんかよりも、混乱と恐怖の方がずっと大きかった。なにかいわなきゃ、と状況を打開しようとする思考がぐるぐる回って、突然フル稼働を強いられた頭がきんと痛んだ。


「……らっだぁ、お仕事……お店は……?」

「ん?もう終わったよ、何時だと思ってるの。ていうか終わってなきゃ、こんなところにいるわけないでしょ?」


混乱のせいかどこかズレた問いかけをしてしまって、らっだぁがくすくすと冷たく笑いながら言い返す。

何時って、寝てたんだからそんなの知るわけない。それにこんなところって、勝手に僕の家に住み着いているくせにそんな言い方。言いたいことは多いけれど、ひとつも声にはできないまま、頭の中で虚しく消えていく。


彼には何を言っても無駄だと、知っているからだ。特にこういう、僕への悪意を隠そうともしない目つきをしている時には。


おそるおそる見上げると、逆光のせいだけではなくどろりと濁った瞳と目が合った。黒く艷めく髪と違って自然なままのまつげが、音がしそうなほどゆっくりとまたたく。

その長さを、かつて同級生の女子たちに羨ましがられていたことをなんとなく思い出した。今もそうなのだろうか、などと現実逃避のように考えながら目を逸らすけれど、らっだぁの視線は僕の頬に刺さり続けて離れない。


昔の──高校の頃の。あの高貴で人懐っこい大型犬みたいな目でも、再会してからしばらくは標準装備みたいだった、恋愛感情を誤認させるような甘くとけた目でもない。どす黒く濁った、憎しみと見下しと、僕には正体のわからない何かを煮詰めたみたいな目つき。

突然僕を殴って、本当は僕のことがずっと嫌いだったのだと囁いた時の、あの目だ。もはや悲しいほど見慣れてしまった、僕を陵辱しようとする時の目つきだった。


「っ、らっだぁ、お願いこれ外して……暴れないから、するならお願い、ゴムつけて……」


震える声で、情けなく懇願する。彼の行為や、僕へのおかしな執着から逃げようとする気力などもうとっくに叩き折られているけれど、それでもこんな風にまったく動けないほどの拘束は怖かった。尊厳を剥ぎ取られて処理に使われるような性行為を自分から受け入れているみたいで酷く屈辱的だけれど、以前撮られた写真や動画をネットに流されたり動けなくなるまで殴られるよりはマシだと怯えに縋るしかない。なんとか絞り出した媚びに、しかしらっだぁは、なぜか少し不思議そうな表情を浮かべてカクンと首を傾げた。


「え?ああ……別に俺、ヤりたくて拘束したわけじゃ、ないよ。ていうかそのつもりだったら、ぺんちゃんが起きるまで待ったりしないし……」


言いながら、ゆらりと体を起こして、太ももの枷に触れる。レザーの厚みを確かめるように撫でながら、「あは」と場違いなほど明るい声で笑って続ける。


「てか、ねえ聞いてよ。コレ、さあ……今日来た姫がね、持ってきたの。らっだぁ今度いっしょにこういうの使おうよ〜♡って、あはは、確かに一回枕したことあるけどね?結構太いお客さんだから……」


薄く浮かべた微笑みが、ほんの少しだけ歪む。「けど、だからって、ねー……」と間延びした声が、低く落ちた。


「……風俗じゃねえっつの、俺。彼氏でも、セフレでもないのにさ。痛客すぎない?」


冷たい声だった。きっと、彼の『姫』とされるお客さんたち──らっだぁを、王子様のように崇める女の子たちは聞いた事がないだろう声色。怒っているのか傷ついているのか、だれかを軽蔑しているのかわからない声はしかし一瞬のことで、彼はすぐにパッと表情を変える。


「それでね?もう、こんなの持ってきちゃって、えっちで悪い子だねー……とか、ふふ、言ってさ。当然受け取らなかったんだけど、あの子これ忘れてったんだよね。

ねえ、絶対わざと置いてったと思わない?俺びっくりしちゃってさあ……ヘルプの子にあげちゃおうかと思ったけど、変な噂になりたくないし。店に報告あげて揉めるのも、面倒だし。で、持って帰ってきちゃったの」


くすくすと笑いながら、突然。その手が、僕の内ももをぐっと掴んだ。やわい肉を握られる鈍痛に、爪が食い込むぴりついた痛みが重なって、「いっ……」と呻くような声が漏れる。顔を顰める僕をじっと見つめて、らっだぁはますます楽しそうに笑みを深めた。


「……捨てるつもりだったんだよ?でも、ああぺんちゃんなら似合うかな……って、思って。よく寝てたからちょっと可哀想だったけど、まあそんなのどうでもいいし、さあ」


まるで遊ぶように、ぱかぱかと両足を開閉させられる。その中心に晒された性器に否応なく意識が持っていかれて、困惑のせいで忘れかけていた羞恥心がぶわっと一気に燃え上がる。

ただのスキンシップみたいな、子供がおもちゃを弄ぶような手つきだった。身をよじろうとしても、操られる両足に手首も拘束されているせいで満足に動けず、もぞもぞとお尻をシーツに擦りつけるくらいしかできない。


耐えきれなくて、やめてと叫ぼうとした時だった。内ももを掴んでいた手、右足をつかまえていた方が、外側へするりと動いたかと思うと、膝ごと腕で抱え込まれる。

折りたたまれた僕の右足をぎゅっ、と抱きしめる、膝に触れそうなほど近いそのくちびるから、「ふふ……」と、笑い声ともため息ともつかない吐息がこぼれ落ちた。妙に熱のこもった、恍惚とすら言えそうな息づかいだった。


「……俺、さ。これでも……ぺんちゃんには優しくしたいタイプだから、こういう、動けないようにして……みたいなプレイって別に好きじゃないんだけど。

でもやっぱり、ぺんちゃんには似合うね。……したくなっちゃう」


──ゾッとした。まるで愛でも囁くような、甘ったるい声だった。


抱え込まれた足の、膝と内ももの間くらいの薄い皮膚に、まるで見せつけるようにゆっくりとくちづけが落とされる。薄くも柔らかいくちびるが、敏感なそこに触れたまま動いて、「征服感、すっごい……♡」と甘く低く囁いた。


あまりにとろけたその響きに、背筋が凍ったのと同時に。関節の内側にほど近いところを舌が舐めた。ぬるりと這う柔らかい感触に、「ッ、や……!」と引き攣れた悲鳴をあげる。


らっだぁが、舌を出したまま笑った。隙がなく繊細に整った顔立ちに、舌の赤い肉色が、粘膜の濡れた艶がアンバランスで淫靡で、こわい。くつくつ笑う揺れる吐息が、弱い内ももを滑り落ちていく。ちゅううっと強く吸いつかれる感触といやらしいリップ音に心臓がばくんと高鳴るけれど、それは甘ったるいときめきなんかとは程遠くて、いつ噛みつかれるかという恐怖でしかない。このまま始まってしまうんじゃないかと思った瞬間、止める間もなく口が勝手に開いていた。


「し、しないって……!したくて拘束したんじゃないって、言ったのに……!」


抱きしめられて逃げられない足をこわばらせて叫ぶ。久しぶりに、まともに抵抗した気がした。


怒らせて殴られる恐怖よりもなぜか、ただただ裏切られたような気分だった。

裸に剥かれて足を開かされていた時点で、すくなくとも犯されることは覚悟していたはずだったけれど、……このままだと、ただの性行為よりももっと酷いことになるような予感がして。それをなんとか回避したくて、頭が必死でざわついていた。──らっだぁがそんな抗議を聞き入れてくれるわけがないことくらい、知っているのに。


案の定、らっだぁは笑みを崩さなかった。口角の上げ方まで計算されたみたいな表情の隣で、抱え込まれた膝にぎちりと指先が食い込む。


「……うん、そうだよ?俺べつに、抜きたくてこんなことしてる訳じゃない。そんなこと、ぺんちゃんもとっくに知ってるくせに」


その言葉に引きずり出されるように、初めて犯された時に言われたセリフが耳元でリフレインする。彼がしたいのは単なる性行為ではなく、暴力なのだと──『これからするのはセックスじゃないよ、レイプなんだって』と言い含められた記憶に、ああやっぱりただ犯されるだけでは済まないのだと改めて実感して、泣きそうになる。取り繕うこともできずぐしゃりと顔を歪めてしまったのと同時に、らっだぁが本当に嬉しそうな顔をしたのが、何よりも怖かった。


その時ふと、らっだぁが陰から何かを拾い上げた。無防備に晒したお腹の上に、とん、とごく優しい手つきで『それ』が置かれる。


「……ね、見て、これ」


促されるまでもなかった。気づいた時には、唯一自由に動く首が跳ね上がってそれを見ていた。


鮮やかに赤い、シリコンの塊。ひらがなの『つ』とか『し』みたいな、湾曲した形状。表面は滑らかなのに、長い方の先にはこれ見よがしな突起が隆起している。

たとえそういう知識に疎いとしても一目でわかる、明らかなアダルトグッズだった。それも、装飾性を完全に切り捨て性能に特化した、僕を責めるためだけにつくられた、無慈悲な機械。


興奮も期待もまるでなかった。ただ、さあっと血の気が引く。言葉も出せず、呆然と見つめる視線の先で、らっだぁの指がそれをゆっくりと撫でさする。


「これねえ……一緒に渡されたんだけど。なんて言ってたっけ、えーと、……吸うやつ?とかいうんだって。正式名称なのかな、あは、わかんないけど……」


屈託なく話すその声はまるで雑談でもしているかのようで、でもそこに込められているのは純粋かつ明確な悪意だ。「きもちいいらしいよ」と言うなり、シリコンの感触を愛でていた指がスッと動いて、側面を押し込む。

ほんの一瞬の間。絶望するには充分で、許しを乞うには足りない一拍を置いて、お腹にヴヴッと振動が響き渡った。


「……わ、あは。すご。あー、なるほどね……」


薄い皮膚の上で、らっだぁがそれを観察するように転がす。くねった形の長い方がわかりやすく唸りをあげて細かく震え、短い方についた口のような空洞が空気を揺らすのをたっぷりと見せつけられて、考えたくもないのに、その使い方を否応なく理解させられるようだった。


「ふうん」と軽く頷きながら、らっだぁがそれを手に取った。もうすでに慣れた手つきでぽちぽちと操作するその姿が恐ろしくて仕方ない。

バイブの振動が離れても、お腹の表面が痺れるように震えている──違う、僕自身の体が震えているんだと、その時になってやっと自覚した。それを自覚してしまったら、もう、だめだった。


「……っ、ぁ……め、やめて、やめて……お願い、らっだぁ、嫌。ごめんなさい、やめて……っ」


拘束具の鎖が擦れる金属音に重なって、奥歯がガチガチと鳴る。言いたくない。懇願なんてしたくない。そんなの無意味だとわかっているから、惨めさなんて見ないふりしてただじっと我慢して、嵐が過ぎ去るのを待っていたい──そう思うのに、「やめて」と「ごめんなさい」を繰り返す口が止められない。

開かされてシーツに押し付けられた足先が、布地を巻き込んでぎゅうっと丸まる。許しを乞う僕を見下ろして、らっだぁは、ここにきて──本当に優しく、微笑んだ。


「……ああ……大丈夫大丈夫、安心して。今日は殴んないようにしたげるから、ね?優しくする、大丈夫だから、そんなに怖がらないで……?」


凶器を手にしたまま、ゆっくりと身を屈めて顔を寄せる。間近に迫った、少女漫画の王子さまじみた微笑が、ほんの数ミリだけ片目をすがめた。その瞬間それは綺麗なだけの悪魔みたいな表情に変わって、甘ったるい声で吐き捨てる。


「……気持ちいいことだけ、してあげる。ぺんちゃんが本気で、死にたくなるまで♡」


──……ああ。わかってるんだ、らっだぁ。伸びてくる手を見ながら、ぼんやり思う。

どれだけ痛めつけられるよりも。それがいちばん、つらいってことを。




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