「おおおあああああ!! 【イチョウ切り】いいぃぃ!!」
ツーファンが荒々しくパン切り包丁を振るうと、一瞬にして片方の煎餅が8つに切り裂かれ、地に落ちた。
時間差で飛んでくるもう1枚は、包丁を振るった体勢からそのまま回避。背後の離れた壁を貫通した所で勢いを無くし、建物の中に落ちた。
「いやどんな食べ物だよ」
「ああもう、これだから戦えるラスィーテ人は……」
少し離れているボルクスとアデルが呆れかえっている。普段食べている物が殺傷力のある凶器となって辺りを壊している事に、どうしても慣れないようだ。
「足止めします」
「おう」
コーアンがケインに端的に言うと、ツーファンに向けて一気に飛びかかった。そしてツーファンも同時にコーアンに向かって駆け出す。
パン切り包丁を持って暴走するツーファンに対し、コーアンは腰にかけていた荷物の中から何かを取り出した。
「しねええええ!!」
「ふっ!」
ガッ
容赦なくパン切り包丁で斬りかかったが、あっけなく止められてしまった。斬撃を止めたコーアンの道具とは、長い柄に半球状の先端がついた道具、お玉だった。
「いやそれで止めるのはおかしいだろっ!」
思わずボルクスからツッコミが入る。
しかし当の2人は、お互いの様子を見るかのように、鍔迫り合いを始めた。
「ははは。おかしいと思うだろうが、ケインはスープを作るのが上手くてな。いつもああやってマイレードルを持っているのだ」
「それと包丁を受け止める事に、何の関係があるんですかね……。ってかマイレードルて」
アデルもただただ呆れるだけである。
しばらく硬直していた2人だったが、ツーファンの左手が動き、コーアンがパン切り包丁をレードルで振り払った。
「っ! 【フジッリ】!」
ツーファンは体勢が崩れたのを利用し、生地を螺旋状に変形。それを高速回転させながら投げつける。頑丈なコーアンに対抗した、貫通力のあるパスタである。何を言っているのか分からないと思うが、貫通力のあるパスタである。
当然コーアンは避ける。いや、大きく飛び退いた。その場にいては、確実に追い打ちを食らう事になる事を理解しているのだ。
コーアンがいなくなった事で、フジッリはその先にある建物の壁を貫通し、中にいる中年男性の少ない髪の毛を抉り、さらに奥にある壁をも貫通して勢いを失った。巻き込まれた住人は、落ちた髪の毛を見て膝から崩れ落ちていた。
そんな罪深い事になっているとは知る由も無いツーファンは、コーアンを追って壁を駆け上がった。
「【20ミリリボンパスタ】!」
屋根の突起部分にパスタを絡め、それを引きながら壁面を走っていく。
しかし、それを黙って見逃すような兄ではないようだ。
「【あられ散弾】」
「ちっ!」
無数の細かい揚げ餅を投げつけた。
ツーファンは走るルートを強引に変えて避けつつ、パン切り包丁で硬いあられを叩き落す。
「おおおおおおっ!」
切り抜けたそのままの勢いでコーアンに斬りかかり、またしてもレードルで防がれ、そのまま思いっきり弾き飛ばされた。
「こっ…のっ!」
パスタを引き、再び戻ろうとする。しかし、そのパスタがいきなり重みを増し、ツーファンの体勢をさらに崩した。
コーアンがパスタの上を走って、ツーファンに追撃をかけようとしているのだ。パスタを引っ張る力をバネとして利用し、ほんの数歩でツーファンの元へたどり着く。
「落ちろ」
「!!」
レードルがツーファンに叩き込まれた。ツーファンはなんとかパン切り包丁で防ぐも、筋肉の塊となっている兄との力の差は歴然。
勢いよく真下に向かって落下していった。
『ツーファン!!』
「……ほう、やるな」
ディラン達が身を案じて叫ぶが、ケインは目を細めて賞賛している。
というのも、ツーファンは落下スピードを徐々に落とし、地面すれすれで止まった。手にはパスタが握られている。
「おお?」
手から伸びたパスタは、コーアンの足まで伸びていた。屋根に繋がっていたのを急遽切り離し、足に巻き付けていたのだ。
「落ちるのはお前だ馬鹿兄いいいいい!!」
パスタを急激に縮めると、コーアンが上から下へと引っ張られ、逆にツーファンが下から上へと引き上げられる。
もちろん、ただ場所を入れ替えるなどという甘い事はお互いにしない。パン切り包丁とレードルをなんとか構え、すれ違いざまに叩きつける。が、その力が強すぎたのか、両者ともあらぬ方向へ弾かれてしまった。
「まだっ!」
再びツーファンがパスタを縮める。今度は横向きに引っ張るので、体重の軽いツーファンが、コーアンの方に引っ張られる形となる。
一方コーアンの方は、餅を2方向に飛ばし、建物の壁にくっつけた。そのまま振り子のように勢いをつけ、再び上空へと戻って行った。
もちろん繋がっているツーファンもそのまま上空へ行き、距離を詰めては斬りかかる。
「……なんで料理人2人が、食材と調理器具使ってこんな激しい空中戦やってんだよ」
ボルクスの呟きはもっともである。戦闘に特化した魔法使いでも、そうそう出来る事ではない。
「長くなりそうだな。じゃあ君達に聞きたい事があるのだが、よろしいだろうか?」
「え? あ、ああ」
アクロバティック過ぎる空中戦に背を向け、ケインがディラン達に向き直る。女装ではないので幾分か話しやすく、その影響で思わず頷いてしまうディランだった。
「俺様はフラウリージェという店に行きたくてな。なかなかサイズの合う服がないから、オーダーメイドしてもらおうと思ってファナリアに来た。場所を知らないだろうか?」
作ってもらうのは、もちろん女性モノの服である。力を込めるだけで敗れてしまう服を着続けるのは無理なので、サイズを自分用にしてもらうつもりなのだ。
「それだったらニーニルの町にあるが」
「そうか! ではその町にはどう行けばいい?」
「普通であれば、転移の塔を使うけどな。ツーファンがあれじゃあ妨害されるのは目に見えてますぜ」
「そうか……ふむ」
ケインは少し考えた。空中から聞こえる叫びと金属音だけが響き渡る。周囲の人々も、激しい音が気になって、顔を覗かせている。
「ならば少々強引だが、行ってみるか」
「?」
いい案が浮かんだのか、ケインはニヤリと笑みを浮かべた。
青白いメレンゲを散らしながら、パフィの投げたクッキーがヴェリーエッターの腕に沈んだ。と思ったら、肘の辺りから突き抜けて、飛んでいってしまった。
しかも飛んでいった先には、空中を走ってミューゼの家に戻ろうとしているネフテリアがいたりする。
「どえぇっ!?」
間一髪避ける事が出来たが、思いっきり体勢を崩し、【空跳躍】の足場から落ちてしまった。
そのまま落ちるかと思いきや、飛来したもう1つのクッキーが、偶然にもネフテリアのお腹にめり込んだ。
「ぐっふぅ!」
勢いよく横に弾き飛ばされ、近くの屋根で1回バウンドし、そのまま下に落下……と思いきや、
「【爆風破】!」
「ふぎゃっ!?」
運の悪い事に、メレンゲを吹き飛ばそうとした住民の魔法が直撃。さらに勢いを増して違う方向に吹き飛ばされ、置いてあったメレンゲの山に突っ込んだ。そしてそのままメレンゲごと走り出した。なんと突っ込んだメレンゲの山は、このあと別の場所に運ぶ為に、荷車に乗せられたものだったのだ。
こうして、王女の足を生やしたメレンゲが、町の中を爆走し始め、新たな混乱が巻き起こった。
一方クッキーを投げた張本人はというと、攻撃が全く効いていない事に驚いた。
「はっはっはー。メレンゲゴーレムが壊れるわけ無いん! 固まってないん!」
「そういえばそうだったのよ」
メレンゲはクリーム状の食材である。形がないので物は突き抜け、穴が空いてもすぐに元に戻ってしまう。
高笑いをするシャービットに感化されたのか、ラッチが腕を大きな刃状に変形させ、ドヤ顔でパフィの隣にやってきた。
「ならば、切り離して量を少なくしてやればいいリムな」
「無駄でしょう。辺りも空もメレンゲだらけ。すぐ補充されますよ」
オスルェンシスによって提案は即却下された。ゆっくりと1歩後退し、目を逸らして恥ずかしがっている。
「そこらのメレンゲを先に片付けられないのよ?」
「下のメレンゲは影でどうにか出来ますが、空は流石に……。それこそ魔法頼みでしょう」
「テリアはどこまで行ったのよ……早く帰ってきてほしいのよ。肝心な時に役に立たない王女なのよ」
自分が投げたクッキーで撃墜した事を知らないパフィは、ここにいないネフテリアに向かって容赦なく毒づいた。
「こうして話し合ってても仕方ないのよ。まずはメレンゲを減らすのよ」
「了解」
オスルェンシスが影を広げ、周囲のメレンゲから沈めていく。
「そうはいかないん!」
メレンゲ処分を阻止しようと、シャービットがヴェリーエッターを操り、オスルェンシスを捕まえようと手を伸ばした。
すかさず影の中に隠れるオスルェンシス。不意打ちでもない限り、シャダルデルク人を捕らえるのは難しい。
その代わり、近くに立っていたパルミラが、メレンゲの手に沈んでしまった。
「うぶっ!?」
『あ』
「……間違えたん。ごめんなん」
シャービットは慌てて手を動かし、パルミラを解放する。沈んでいたパルミラは、ペタリと座り込み、ぐったりしていた。が、すぐに復活した。
「へあぁ……。なんですかあのメレンゲ。滅茶苦茶重くて潰れそうだったんですけど……」
「へ? 重い?」
先程青白いメレンゲを触った時は、とんでもない軽さだった。その軽さを証明するように、今も上空にメレンゲが浮かんでいる。しかし腕のメレンゲは逆に重いと言う。
その2つの極端な評価を聞いた時、ミューゼとパフィの中で謎が解けた。
『あああ~~~!!』
「にょわっ!? なになにどうしたんですか!?」
いきなり横で叫ばれたパルミラが驚いている。
「もしかしてシャービット」
「青い葉を使ったの!?」
「流石お姉ちゃんとミューゼさん。気付いてしまったん」
シャービットの返答に、2人は頭を抱えてしまった。チラリとアリエッタを見ると、キラキラした目でヴェリーエッターを眺めている。その横ではピアーニャが引いている。
「え、どういう事? ミューゼ達はあの葉っぱについて知ってるの?」
「あーうん、アリエッタも実演したのは赤と白だけだったけど、いくつかの色は見た事あるから」
「そうなのよ。白も似た感じだったから、青は少し想像がつくのよ」
「あの力?」
その力を2度、目の当たりにしているパフィは、ヴェリーエッターの腕を指差し、その答えを口にした。
「青い葉には、たぶん押し潰すか、重さに何かする効能があるのよ」
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