テラーノベル
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天気のいい日曜日だというのに、結は朝から自宅でパソコンを操作していた。その指先がふと止まる。
『もう少しここにいてくれない? 頭痛い』
思い出すと顔がにやけてしまう。
恭平の報せを受けて、あのときはどんなにショックで悲しかっただろう。気持ちが弱っていた上にあれだけのお酒を飲んで、ほとんど覚えていないかもしれないが、あのときの翠は子供っぽくてちょっと可愛かった。
翠の寝顔を思い出して結の頬が熱くなる。あのときもし強く腕を引かれて、ベッドに押し倒されていたらどうしていただろう。
ありもしないこと、だろうか。
酔っていて意識が曖昧でも、翠だってそういう気持ちになるときもあるかもしれない。翠に求められたら、結も強く激しく求めてしまうだろうか。
その先に待っているものが地獄だとしても翠となら構わない。地獄へ堕ちてもいいとさえ思えた。
今何をしているだろう。
スマホを見ても着信なんかこない。結はスマホを掴むと部屋を出た。
角を曲る手前でタクシーを降りた。歩きながら胸元の開き具合をチェックするようにセーターの胸元に手をやった。
偶然にも宵の灯屋の前に翠の姿が見えた。この前のようなよれよれのズボンとトレーナーではなく、髪も一つにまとめて幅の太いジーンズにブラウス、赤いジャケットを右手に抱えていた。
翠が顔をそむけたとき、女の人の姿が見えて結は足を止めた。女は翠に近づき腕を掴もうとするが、翠はその手を嫌った。
「勝人…」
そう呼んだように聞こえて、結はわざと息を切らせて翠の側へ駆け寄った。
「ごめんね、翠。遅くなっちゃって」
女は結の声に手を引っ込めた。翠の隣に並んだ結は女を見た。見たなどと言う表現は優し過ぎる。睨んだと言った方がいい。
女は四十代後半か五十代。化粧はやや濃い目でパープルのアイシャドウが目を惹き結は内心はっとした。どんなに化粧をしていても、どんな色のアイシャドウを使っていても隠せないものがある。それが嫌でも憎たらしくても、目元が翠とよく似ていた。
「誰? このオバサン」
わざとらしく声を大きくして結は言い、翠の右腕に腕を絡ませた。
「翠、早く行こう。映画に遅れちゃう」
歩き出した結に、やや腕を引っ張られるように翠も歩き出す。二人は腕を組んだまま、しばらく無言で歩き続けた。女の姿が見えないところまで来ると結は立ち止まり腕を離した。視線はつま先に落ちたままあげられない。
翠の顏を見るのが怖かった。
「ごめんなさい」
翠は何も言わない。
「大きな声でオバサンなんて言って。私、邪魔をしたのよね」
何十年振りの再会だっただろう。本当は話をしたかっただろうか。
「もしかして、あの人…」
「映画行こう。うんと笑えるやつが観たいな」
手に持っていたジャケットを羽織ると、驚いて顔をする結の手を引いて翠は歩き出した。その隣を歩きながら翠の横顔を結は見つめた。
ねえ何を考えているの?
そう聞きたかった。けれど聞けない。
歩き出してからの翠はよくしゃべりよく笑った。それが結には、翠の心がつらいと悲しいと叫んでいるように思えた。けれど誰の目も気にしないで、翠と過ごしていたくて、結もよくしゃべり二人で口を開けて笑った。
コメント
1件
あらすじを読み終えたわ!結ちゃんの嫉妬と後悔が生々しくて胸がギュッと締め付けられた…。「オバサン」呼ばわりした後の「ごめんなさい」のシーン、彼女の罪悪感がひしひし伝わってきたよ。翠があの女性に対してどう思ってるのか、まだ読者には見えてこないのも含めて、このもどかしい距離感がいいね。話題を変えてまで映画に行こうとする翠の強がりに切なくなった。続きがすごく気になる!