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それから、代わり映えのない白い病室での入院生活も1か月が過ぎた頃、僕はやっと退院することができた。
担当のお医者さんからは、身体の怪我だけでなく心のケアも絶対に受けるべきだと、精神科の専門病院も紹介されたけれど、僕はそれらをすべて頑なに拒否して断った。
だって、僕は大丈夫だから。
そうやって何度も、何度も、壊れた心に言い聞かせ続けた。
現実をまともに認めてしまえば、あの夜に自分が受けた蹂躙を、その悍ましさを真っ正面から受け止めてしまえば、僕はきっと……
――今度こそ完全に壊れて、二度と立ち上がれなくなってしまう。
だから、現実から必死に目を背けることで、僕は僕の最低限の形を、命を守ったんだ。
けれど、現実からどんなに目を背けても、鏡の前に立てば冷酷な事実が僕を現実に引き戻した。
切り裂かれた身体の傷は、二度と綺麗に治ることはなかった。
所々、引きつるように痛々しく、赤黒い跡が残ってしまった。
特に、遠藤にナイフを突き立てられた左脇腹の傷は、不格好に歪んで今も醜く残っている。
鏡に映るそれを見るたびに、胸の奥が冷たく凍りつく。
あぁ、僕の穢れは、傷跡という目に見える明確な汚れとして 一生消えることなく、この身体に、深く、深く刻まれたんだ――。
過去のすべての地獄を、あの日からずっと心の奥底に閉じ込めていた醜悪な真実を、僕はありのまま話し終えた。
「、、、まぁ、そんな感じ……」
話し終えた僕は、しゅんの顔を見るのがどうしても怖くて、逃げるように下を向いたまま、消え入りそうな声でそう言った。
軽蔑されるかもしれない。
男のくせにそんな無様に汚されたのかと、幻滅されるかもしれない。
けれど、部屋の中はただ、耳が痛くなるほどの静寂が支配している。
しゅんは何も言わない。
そのあまりの沈黙に耐えられなくなって、不安に押し潰されそうになりながら、僕はそっと彼の顔を見上げた。
「……っ、」
喉の奥が小さく鳴った。
しゅんは、怒っているわけでも、僕を蔑んでいるわけでもなかった。
彼は下唇を白くなるほど強く噛み締め、胸が張り裂けそうなほど悔しそうに、言葉にならない痛みを堪えるようにして、静かに、けれど大粒の涙をボロボロと流していたのだ。
「、、しゅん……ごめん……」
僕は居た堪れなくなって、そう呟いた。
せっかくの幸せな旅行なのに、こんな最悪で、おぞましい話を聞かせてしまった。
僕のせいで、大好きな彼にこんなに涙を流させてしまっている。
「……な、なんか言ってよー」
必死に笑顔を作って、冗談めかしてそう言った瞬間。
「、、、っ! ――柔太朗っ、、、!!」
弾かれたように僕の名前を叫び、しゅんは僕の身体を、あばらが折れてしまうんじゃないかってくらいに猛烈な力で強く、強く抱きしめた。
「じゅう……っ、……怖かったな、辛かったな。守ってあげられんくて……ほんまにごめんっ……!!」
「なにが? 守るも何もないよ〜。別に俺はもう大丈夫だし」
「、、、じゅう……ごめん、ごめんなぁ……っ」
「なんでしゅんが謝るわけ? 本当に大丈夫だって! ――それに、そもそも俺が悪いんだって、大丈夫だから、我慢できたし!」
自分が悪い。
僕のせいで。
我慢すればいい。
これまでの人生でずっと自分に言い聞かせてきた「呪い」の言葉を、必死に笑いながらまくしたてる。
そんな僕の頭としがみつく背中に、しゅんはさらに腕の力を込めた。
「ほんま、じゅうは……どこまでも、……っ。そんな顔して、大丈夫なわけないやん」
「は?……なに言って……」
何言ってるの、僕は本当に大丈夫なのに。
そう言い返そうとした僕の頬に、しゅんの大きな、熱い手のひらが優しく触れた。
あれ……?
触れられた僕の頬を、自覚のない温かい液体が、静かに一筋伝っていく。
「は?……もう、大丈夫だって……ねぇ、俺は大丈夫なんだって……っ、」
誰に言うわけでもなく、狂ったように小さく「大丈夫」を繰り返してしまう僕を、しゅんは壊れ物をすべて包み込むように、もう一度深く抱きしめ直した。
「もう、ええんよ? じゅう、よく頑張ったなぁ……ほんま、……よぅ頑張ったなぁ、これまで一人で、」
彼の掠れた、心からの叫びのような声が、僕の頑なに閉ざされていた心の奥底へ、すっと優しく溶けていく。
「じゅうは、なぁーんも悪くないで? 自分を責めんでな……。もう、無理に大丈夫にならんでええんよ?」
その言葉をトリガーにしたように、僕の目からは止めどなく涙が溢れ出し、喉の奥がぎゅっと引き締められるように苦しくなった。
「お、俺はっ……大丈夫、だ、からっ……我慢、できた、から……っ」
「……うん、そうやなぁ……うん、大丈夫や。大丈夫……。もう俺がずーっとそばにおるからなぁ? ……だからもう、大丈夫やよ」
頑なに強がって「大丈夫」と言い張る僕の言葉を、彼は決して否定しなかった。
その歪んだ強がりさえも、まるっとそのまま包み込んでくれるような、あまりにも優しい全肯定。
僕の背中を、落ち着かせるように優しく、ゆっくりと、トントンとさすってくれる彼の大きな手。
「もう、なーんも心配せんでええんよ? ……なぁ、じゅう?」
「うぅ……っ、、でも……っ、……」
「んー? なんや? 言ってみ?」
僕のぐしゃぐしゃの涙顔を覗き込む彼の、どこまでも深い愛の瞳に縋るように、僕はついに、一番認めたくなかった本音の恐怖を吐き出した。
「……俺……、……汚れてるから……っ」
あの路地裏で、全部汚されてしまったから。
傷跡だってこんなに醜く残っているから。
そんな僕の言葉を、しゅんは力強い声で一瞬にして掻き消した。
「……何言ってるん? じゅうは、世界一綺麗やよ」
「、、、でも……っ」
「それ以上言ったら、俺ほんまに怒るで? じゅうは綺麗。 ……俺にとっては、出会ったあの時からずっと、誰よりも何よりも綺麗なんさ。…わかったか?」
そう言って、しゅんは僕の顔を両手で優しく包み込み、大きな親指で、頬を伝う涙をそっと優しく拭ってくれた。
ゆっくりと、彼の綺麗な顔が近づいてくる。
そして、腫れ物を労わるように、僕の唇に優しく触れるだけの短いキスをした。
いつもは恥ずかしくて僕のほうから避けてしまうのに。
今は、このあたたかさから一秒だって離れたくなくて、僕は自分から彼の首に腕を回し、さらに近くへと引き寄せた。
しゅんは一瞬だけ驚いたように目を見開いたけれど、すぐにこの上なく愛おしそうな優しい瞳へと変わり、僕のすべてを受け入れるように、もう一度深く口づけを交わしてくれた。
今度のキスは、さっきとは違って、深く、濃厚で、けれど僕の心をどこまでも満たしていくような、とてつもなく優しいキス……。
――あぁ、もうきっと大丈夫。
嘘じゃない。
心を麻痺させるための、冷たい自己暗示の強がりでもない。
心の底から、本当に「僕は大丈夫なんだ」って、そう思った。
過去の地獄も、消えない傷跡の穢れも、全部この人がその大きな愛の熱で溶かし、塗り替えてくれる。
この人が、こうして僕の隣で、ずっとそばにいてくれるのなら……。
僕は彼の胸の中で、心からの安堵の涙を流し続けた。
to be continued……..
コメント
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通知来た瞬間飛んできました🥹💖はるさんが作る物語だいすきなんです😭💕言葉選びがほんとに好き、、これからも応援してます♡