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まだ薄暗い夜明け前の空の下。
少女の悲痛な嗚咽と目の前に居たであろう人物が残した小さなアメジスト色の宝石のように美しく輝く欠片が、宮殿の白い床に点々と散らばっていた。
「どうして、言ってくれなかったの……? 貴方は私を救う為にここまでする必要はあったの」
少女は白い床に散らばる宝石のように美しいアメジスト色の小さな欠片をそっと拾い掌に乗せ、悲しげな声でそう呟く。
そんな少女の瞳から一度は治まった涙が再度溢れ落ちた。
少女の涙は宮殿の白い床を濡らしたが、少し経てばまた乾くことだろう。
「貴方の命と引き換えに私の病を治してくれたこと、決して忘れないわ。さようなら……」
少女はもう此処には居ない人物にそう言い別れを告げて、弱々しく立ち上がり、背を向けその場を後にする。
宮殿の外に出ると心地良い夜明け前の風が少女の肌を刺した。
涙で濡れていた少女の頬にも風が当たり徐々に乾いていく。
少女は少し明るくなりつつある空を見上げて、これからやらなければならないことから逃げる事は出来ないと己に強く言い聞かせた。
自分の病を命をかけて治してくれた彼に対して、恥ずかしくない道をこれから歩み進んでいきたい。
それが少女がこの地で決意した最後の物だった。
✧✧✧
ラピティーア国は鉱物資源に恵まれている国である。
そんなこの国〈ラピティーア〉の第一王女であるラティア・リーシェは現国王であるアルドア王と第一王妃ユリシアの間に生まれた一人娘であった。
慈悲深く、優しい性格を持ち合わせながら、美しい容姿をしているラティアは民達からの評価も高く次期国王はラティア王女がいいと囁く者も少なからずおり。
しかし、当の本人は王の座につくことに対しての不満があった。現状、もやもやし晴れない気持ちがラティアの胸の中に広がりつつある。
「陛下は私にかなり厚い信頼を寄せているようだけど、私は陛下が期待するような優れた才能や王としての素質を持ち合わせている訳ではないのに……」
今日も今日とて執務室で己の業務を淡々とこなすラティアは心の中で思っていた不満をつい口に出してしまう。
異母系の第一王子ロイスと第二王子カイル。ラティアの異母兄でもある二人は、妹の私から見ても魅力的であり、人を惹きつける物を兼ね備えている。
けれど、ラティアには兄2人のようなカリスマ性も優れた頭脳も持ち合わせていない。そんな自分が王になるなど考えられない。そう強く思っていたのだ。
(もし、私が陛下から次期国王に指名されたとしても、私は陛下の期待には答えられないだろう……)
「だって、私は……」
ラティアは動かしていた手を止め、開いていた部屋の窓から見える青白い空を見上げる。
ラティアの暗く深い決して晴れることのない気持ちの原因は自身がまだ幼き頃のとある出来事に遡る。
そう、あれは今から八年前。
私が十二歳だった頃に起きてしまった出来事だ。
当時、まだ幼い私自身の良い経験になるだろうという理由で、王の視察に連れて行かれることになった私は鉱物が採取される山脈に訪れたことがある。
しかし、目的地に向かう道中、王の近衛騎士に紛れ込んでいた一人の反逆者の男によって、王が他殺されそうになりかけた。
けれど、自分が間一髪で守ることが務めの騎士達よりも早く気付き動いたことにより、王を庇うことが出来たのだ。
幸いにも自身の命に関わることはなかったが、庇った際に腕を切りつけられた為、傷を負ってしまった。
「うっ……痛い……」
ラティアの苦痛そうに歪めた顔を、王であり父親でもあるアルドアは心配そうに見ていた。
そんなラティアの前に座り、手当てをしている医師は、背後に立ち見守っているアルドアの方に向き直り口を開く。
「特に命に関わることはないと思いますが、もしかしたら宝石の病にかかってしまわれているかもしれません……」
医師のその言葉に医師の背後に立っていたアルドアは眉をひそめる。
「宝石の病……?」
宝石の病。
それは治し方が解明されていない病であり、病の症状としてまるで宝石の一部を埋め込んだかのような物が、徐々に体全体を侵食し、最後には自分の身体が割れるように痛み粉々に砕け散りこの世から姿跡形もなく消えてしまう。
そんな命に関わる病である。
アルドアは何故、そんな病がラティアにかかってしまったのだろう……
そんな疑問を抱き、今に至るまでの中で何か原因になる物があったかを考える。
その中でアルドアは一つ思い当たる節があったのか、ラティアが横になっているベットの近くで椅子に腰を下ろして座っている医師に告げる。
「原因がわかったかもしれない。申し訳ないが暫く席を外させてもらう。ラティアのことを引き続き宜しく頼む」
アルドアはとある場所に赴くことを決め、部屋を後にしたのだった。
✧✧✧
「取り調べご苦労。何かわかったことはあったか?」
5日程前の視察の際、王であるアルドアを殺そうとした男が持っていた剣。
その剣でラティアの腕を切り付けた訳である。
ラティアが軽傷を負い、その場にいた騎士達が男を捕らえた後、王は本来視察で赴くはずだった場所へ迎うことを止め、城へ急いで戻ることを決めた。
そして、視察は別日に変更となった訳である。
「はい。男が持っていた剣に毒がついていたことがわかりました。まだ毒の種類がわかってないのですが、分かり次第、ご報告させていただきます」
「なるほど。ああ、引き続き宜しく頼む」
アルドアの言葉に騎士は軽く会釈する。
アルドアは騎士に『また来る』と言い残しその場を離れた。
(剣に毒がついていたか……)
己の命を狙う人物が殺めようとした剣に毒が付着していたことを知ったアルドアは足早にラティアが眠っているであろう先程の部屋へと歩みを進める。
部屋の前へと着き、そっとドアを開けて、部屋の中に足を踏み入れたアルドアは、ラティアが眠るベットの右横にある椅子に腰を掛けて、ラティアの事を見ていた医師に問う。
「ラティアは目を覚ましたか?」
アルドアの問いに医師は茶色い椅子から立ち上がり、アルドアの方を見て口を開く。
「いいえ、まだですが。あと、数時間したら、目を覚ますかと思われます」
「そうか……」
こうなってしまったのは自分がラティアを視察に連れて行ったから起こってしまった事でもある。今更、悔やんでもどうにもならない。
この時、アルドアは心に誓ったのである。王としてではなく父親として、病を治す方法を見つけようと。