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宮本が風呂から出ると、橋本がひとりで先にビールを飲んでいた。中身が空けられたらしいビールが1缶テーブルに置かれていて、2缶目をぐびぐび飲みながら、お笑いが流れるテレビに見入る姿に、内心焦りまくるしかない。
(ふたりで飲もうねって、500mlの缶ビールを買ったのに、ひとりで飲んじゃうなんて。陽さん、俺よりもお酒が弱いのに)
「ひっ、ひとりで先にはじめるとか、ズルいんですけど!」
宮本としては、文句を言ったつもりだったのに、告げた言葉が上擦ったせいで、効力がまったくなかった。橋本は不機嫌満載な顔をそのままに、じろりと恋人を睨む。
「しょうがねぇだろ。風呂上がりで喉が渇いたんだから」
「それにしては飲みすぎ……」
籐の椅子に、足を組んで腰かけている橋本。腰に巻いたタオルからのぞく長い足だけじゃなく、アルコールのせいで若干肌が桃色に艶めく胸元も、妙に色っぽく見えた。
橋本が激昂していなければ、すぐにでも手を出すところなのに、それを押し止めるのはひとえに、この関係を崩さないためだった。
「雅輝、勃起すんの早っ」
宮本の顔から視線を落とした橋本に、ズバリと指摘され、慌てて前を隠すがすでに遅し。同じ格好をしているため、これ以上の隠す手だてがなかった。
「ひえっ! やっ、これは、そのぅ……」
「俺の裸なんて、見飽きるくらい見てるだろうに」
「見飽きるなんてとんでもない。忘れないように、網膜に焼きつけておきたいくらいなんですよ!」
「なんだそりゃ。説得力ないな」
橋本がカラカラ笑ったことで、場の空気が一変した。
「だって陽さんが、魅力的なのが原因なんです。俺のセンサーが反応するのは、正常な証ですよ」
たて続けに説得力のないセリフを口にした宮本に、橋本は心底呆れた。あえて視線を外して、なにもない空虚な壁際を見つめる。
「褒めたってなにもでないぞ。もちろんサービスもしない」
恋人が興奮する姿を見て、自分も同時にムラムラしていた。それを隠すために、宮本から顔を背けた橋本に向かって、ここぞとばかりに突飛な提案がなされる。
「サービスは俺がする!」
「は?」
「陽さんには、たくさん気持ちよくなってほしいから」
橋本は背けていた顔をもとに戻し、じと目で宮本を見つめた。
「おまえの前戯はねちっこい上に、絶倫ときたもんだから、サービスもほどほどにしてほしいんだけど。じゃなきゃ、俺の躰がもたねぇよ」
「むぅ、ねちっこいですかね? 俺の中では普通なんですよ」
「雅輝の普通は、一般常識とかけ離れてるからな。前にも言ったろ、おまえの頭のネジは数本抜けてるって」
「頭のネジが抜けてるのと、絶倫は関係ないでしょ?」
きょとんとした宮本を前にして、橋本の表情が苦いものへと変化した。
「確かに関係ないけどよ……。ひーひー言わされる、俺の身にもなってくれ」
糠に釘とわかっていたものの、口にせずにはいられず、うだうだ言い連ねる。
「ヒーヒーよりも、エッチな喘ぎ声を出してる陽さんを、俺としては見たいんだけどな」
宮本は橋本の腕を掴み、椅子から立ち上がらせると、ベッドに向かって引っ張った。相変わらず冴えない顔をしている橋本を座らせて、枕元に置いてあったブツを、すっと目の前に見せた。
「なんだこりゃ?」
「監禁された部屋から、ちゃっかりいただいてきました」
「なんだと!」
驚く橋本をしり目にパッケージを開けて、中からそれを取り出した。
「おまえ、あのときノロノロしてたのは、このせいだったのか」
「陽さんがお風呂に入ってる間に、説明書を見て使い方を学びました」
「誰かが使ったモノを、俺に使う気かよ……」
「安心してください。新品を選んでおきました」
人差し指をぴんと立てながら、いつも以上に流暢に語る宮本に、橋本の口の端が引きつった。
「用意周到すぎる。というか、なにに使うんだ?」
「なんでも、敏感な部分を刺激するための、小型ローターらしいです」
「敏感な部分……」
唸るような声色でオウム返しをした橋本に、宮本は元気いっぱいな口調で喋り倒す。
「たとえば、陽さんの乳首とか、ナニの先端とか!」
楽しそうに言い放った宮本に、橋本はうんと嫌な顔をしてみせた。
「あやしげなそれを使ってサービスするなんていう、おまえの考えがさっぱり理解できねぇ」
「遠慮せずに、俺に身をまかせてくださいね、陽さん♡」
宮本はいやらしい笑みを浮かべながら、小型ローターのスイッチを入れる。目の前の状況に橋本は観念したのか無駄な抵抗をせずに、そのままベッドへと横たわった。