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中学生の頃から何人もの男子に告白された経験はあるが、そのうちの数人と交際してもあまり長続きはしなかった。いつも相手の方から告白してきて、ひかりはそれを受け入れていただけだからかもしれない。言い訳と言ってしまえばそれまでなのだろうが、常に求められる側の人間だったひかりには、自分から誰かを好きになるということがよく分かっていなかった。
ゆずはに助けられたあの日から、ひかりの心にはいつも彼女がいた。あの瞬間、彼女の思いやりに救われた自分がいた。しかしそれをどうやって本人に伝えれば良いのかが分からない。例え彼女と友人になれたとして、自分はそれで満足できるのか。そんな思いが、ひかりの心にずっとわだかまっていた。ひかりの中ではあの日からゆずはが一番だから、ゆずはにとっても自分が一番でありたい。
ではどうすれば彼女の一番になれるのか。そんなことを考えながら学校生活を送っていたある日のこと。
「立脇さん。これ、言われてた進路調査票」
生徒会で役員をしていた関係もあって、クラスの生徒たちから進路調査票を回収していた時だ。ゆずはに名前を呼ばれて紙を手渡されたひかりは、今まで感じたことのない気恥ずかしさと嬉しさと緊張感で、ついぶっきらぼうに対応してしまった。
「ああ、ありがと」
冷たい言い方で感謝を示され、奪い取るように紙を受け取ったひかりに、ゆずはは一瞬悲しげな表情を見せた。だがすぐに彼女は笑顔を作っり、「お願いね」と返して自分の席へと戻っていく。
その時のゆずはの表情と瞳の揺れ具合に、ああこれは良いな、とひかりは直感した。真っ当に友人から始めたのでは、いつ頃ゆずはの一番になれるのか分かったものではない。何も好かれるだけが愛情表現ではないだろう。相手の心に一生残る傷跡をつけてこそ、一番になれるというものだ。吉崎ゆずはにとって『一番好きな人』になるのが難しいのなら、『一番嫌いな人』になればいい。
その瞬間から、ひかりのゆずはに対する態度は一変してしまった。
◆
身長だけは高い男の腕に自らのそれを絡ませ、ひかりはその家の敷居を跨ぐ。
長かった。最後に会ったのは高校の卒業式だから、もう七年は超えていることになる。
東京の私立大学に進学するつもりだと聞いたので、元々滑り止めとして受けるつもりだったいくつかの大学の願書の中に、そこの願書も含めて送っていた。しかし卒業式当日に担任教師と話している彼女の口から零れ聞いた進学先は、東京どころか関東圏ですらない、四国の大学。
目の前が真っ暗になったことなど、生徒会長選挙で壇上に立ち演説した時にもインターハイの決勝戦に出場した時にもなかったのに、あの時ほどひかりが絶望した瞬間はなかった。これでは生まれて初めて心から好きになった人と、一生別れ別れになってしまうかもしれない。
だから計画を立てた。欲しいものが手に入らないのならば、近くでずっとそれを眺めていられる立場を手に入れる。いつでも動向を知ることができて、誰にも疑われなくて、それでいてずっと想っていられる立場。そしてあわよくば、彼女が油断したり弱ったりしている隙に、つけ込むことができるほどに近しい立場。
吉崎ゆずはに兄がいたのは、まさしく不幸中の幸いであった。
高校時代ゆずはに手を出そうとしたあの藤なんとかという男もそうだったが、彼女の実の兄も大概にちょろい男だった。男が勤める都内の物産会社に受付スタッフとして就職し、ほんの少し「アナタは他の人とは違うのよ」という雰囲気を出しながら接してやれば、すぐにその気になってくれた。吉崎兄との行為は藤……なにがしと寝た時と大差ない程度には苦痛だったが、あいつと違ってこの男にはゆずはとある程度同じ遺伝子が入っている。血が繋がっているだけあって目元や小鼻に何となく彼女の面影があると気づいてからは、行為の最中もゆずはを思い出せるようになった。その事実が、ひかりの溜飲を少しだけ下げてくれていたのだ。
付き合って間もないうちから、貴方の妹のゆずはは私の高校の同級生なの、と打ち明けていた。それを聞いた吉崎兄は驚くと同時に、「それなら早く俺たちの関係を妹にも教えてやらないと」と息巻いたが、その必要はないとひかりは諭す。
「いつかはお互いの家族と顔を合わせる日も来るでしょうけど、今はまだ黙っておきましょう? 私、実は妹さんと仲が良かったわけじゃなくて……。自分の兄と私が付き合ってるって知ったら、ショックを受けるかもしれないの。きっといつかは私たちの関係に納得してくれるとは思うけど、もしかしたら少し時間がかかるかも」
そう言ってひかりが目を伏せると、吉崎兄はあっさりと納得してくれた。本当にちょろい男だと改めて思ったのを、ひかりは今でも覚えている。
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