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先にひかりの両親へと吉崎兄を紹介し、いよいよ結婚の可能性が高まった段階で、「将来を考えている女性がいる」と吉崎兄の口から彼の家族に伝えさせた。
ゆずはが高校時代にひかりから受けていた扱いを家族が知っていたら。それを理由に吉崎兄との交際を反対されたら。そういう場合の立ち回り方もあらかじめ考えてはいたが、思いの外簡単に顔合わせの日取りが決まった。ゆずはは高校時代にひかりとどういう間柄だったか、兄にも両親にも話していないのだろうか。
それなら好都合だ。このままこの男と結婚までこぎつけ、吉崎家と縁を結んでやる。思い望んだ形とは違うが、吉崎ゆずはと家族になれるのならそれで構わない。
大学への進学時には不覚を取ったが、今度こそ逃がすものか。どこへ行こうと、『実の兄の妻』という立場を目一杯活用して、動向を注視するのだ。
無事に家族へ紹介できると安堵した様子の吉崎兄に抱きしめられながら、ひかりは口角を吊り上げた。
「はじめまして。本日はお忙しいところお時間をいただき、ありがとうございます」
玄関先で頭を下げ、ひかりはゆずはの両親に挨拶した。おろしたてのダークブルーのワンピースを身に纏い、ナチュラルな化粧を施した姿は、大人の女性として充分な気品を備えていると自覚がある。
「いえいえ。こちらこそ、いつも息子がお世話になっています」
人好きのする笑顔を浮かべた父母に、ひかりは笑みを深めた。兄の方はともかく、この二人にはゆずはを産み育ててくれた恩がある。それだけでも最大限の感謝を表すべきだろう。
どうぞお上がりくださいとの促しに、ひかりはパンプスを脱いで廊下へと足を踏み出した。
案内されたリビングで吉崎家の父母と向かい合ってソファに座ると、おずおずといった様子でゆずはが人数分の飲み物を載せたお盆を持ってきた。
「あ、あの、飲み物をお持ちしました」
「ゆずは、ありがとう。ああひかりさん、こちらはうちの娘でして」
「存じております。高校で一緒だったので」
「あら、そうだったの?」
ひかりの言葉に母親の方が意外そうに目を見張る。どうやら、今の今までひかりとゆずはが同級生だということを知らなかったようだ。
「ええ。そうよね、ゆずはさん?」
「え、は、はい」
「ははは、世間とは狭いものだな」
ゆずはの返答に、父親の方は興味深そうに頷いている。
「そうそう、せっかくだからお菓子も用意したのよ。照間堂のケーキ、お口に合えばいいのだけど」
「そんな、お構いなく」
「遠慮しないで。いくつか種類があってね、どれがよろしいかしら?」
用意してくれた紙箱が開かれると、中に可愛らしいケーキが数種類並んでいるのが目に入る。それでは、とひかりが苺のミルフィーユを指し示すと、それを一つ取って皿に載せてくれた。
同様に他の皆も各々好きな洋菓子を皿に載せていく。それらとカップが行き渡ったところで、皆が紅茶を一口啜る音が響いた。
ひかりと吉崎兄の馴れ初めから始まり、歓談は和やかに進んでいく。高校時代の話に及んだ時だけわずかにぎこちなさが出たものの、特に何事もなく時間は過ぎていった。
「いやあ、それにしても本当に嬉しいですよ。うちの息子に、こんなにいいお嬢さんが」
「まったくだわ。息子のことを、どうかよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
テンプレート通りの挨拶をこなしながら、完璧だとひかりはほくそ笑む。まあ、結婚したからには夫となる彼にもそれなりに尽くしてやろう。彼がいてくれたおかげで、自分はゆずはと縁続きになれたのだから。
そんなことを思いつつ、ひかりが上機嫌で紅茶を傾けていたその時だ。
「ゆずはのこともあるし、おめでたい話が重なって喜ばしい限りね」
「……はい? ゆずはさんが、何か……?」
母親の言葉に、ひかりはカップをソーサーへ戻そうとする手を止めた。