目の前が真っ暗だった。もう、耳も目も聞こえないし見えない。俺はどうやら死ぬみたいだ。この11年間を思い出す。俺は弟に何をしてきただろう?思えば全く兄らしい事、してやれなかったなぁ。
両親が居なくなってから、弟を甘やかす余裕なんて俺にはなかった。心の底では甘やかしたいとは思っている。でも、どうしても。出来ないんだ。
そういやこの間、白い髪の女がやってきて、二人で食べなさいと言って米を置いていったことがあった。
______________________________
「ねぇ、兄さん!!あの女の人が置いて言ったやつ、食べないの?」
「食べない。」
「どうして…?折角遠いところから来て下さって僕たちにくれたものなんだよ」
「もし食べて毒でも入っていたらどうする気だ。」
「あの人がそんな悪い人とは思えないよ!」
「優しい奴ほど裏では企んでいるに決まってる。捨ててこい」
___________________________
俺は思ったんだ。
もし米を食べてしまって毒が入っていたら、無一郎が危ないって。
慎重に判断できるのは俺しかいないから。他人に貰った食べ物なんて、到底受け付けられなかった。
本当はもっと食べさせてやりたかったし、もっと無一郎には幸せになって欲しかった。
だから俺はこっそり、できる限りの事は無一郎に尽くしてきたつもりだった。
湯浴みだって、先に無一郎から入らせて、俺は残り湯に入っていたし、冬には寝ている時体が冷えきっていたら、こっそり 深夜に俺の布団をかけて、足りなくなった薪を足して暖かさを保つように努力もした。
無一郎が寝ている時にそっとイタズラで鼻を摘むと、ん、という乾いた声が聞こえた時は思わず笑みがこぼれたのは内緒。それから頭を撫でてやると、無一郎はほっと微笑むんだ。
俺が出来ることは、本当にそれしかないから。あいつは優しすぎるから、剣士なんてやらずにもっと幸せな暮らしをして欲しい。
母さんは体が悪くて、無理して働く母さんに何回も休んでくれと声をかけたのに、大丈夫だと言って休んでくれやしなかったし、
母さんの病気を治すために嵐の中薬草を取りに行った父さんだって、あんなに止めたのに、結局崖から落ちて二人共死んでしまった。
泣いている暇なんてなかった。子供二人で生きていく事に、精一杯だったんだ。
もし俺があの時、必死にもっと止めていれば、父さんだけでも生き残っていたかもしれない。俺には後悔しかなかった。
*
ああ、そろそろだ。そろそろ俺の終わりが来てしまう。別に神なんて信じていないけど、最後だけなら、別に信じてもいいよな。
俺は無一郎の無事を祈りながら、声に出して神頼みをした。この時、何となく手が握られていた感覚があったが、感覚が段々と麻痺していき、もう何も分からなくなっていったのが分かった。
***
鏡を見ると、なんだか懐かしくて嫌な気持ちになる。それが、一体何なのかは分からない。 僕の姿は、僕一人しか居ないはずなのに。 頭がぐちゃぐちゃになって、苦しくなってしまう。僕をこうさせているのは一体誰なのだろう。
確か、その人はとっても、……
─────────────────
あれ、何考えてたんだっけ。
***
刀鍛冶の里での出来事があってから、僕は完全に記憶を取り戻し、今では最後の戦いに向け柱稽古を行っている。 鏡を見て苦しくなった理由は、有一郎だったんだね。
きっと、そろそろ最後の戦いが近くなっている。記憶を取り戻した今でも、無惨を倒す目標はあの日から変わっていない。腹の底から湧いている 憎しみと怒りを、僕は忘れてはならないのだ。
この戦いに勝って生き残ったら、柱の皆とたわいのない話をしたり、大人になったらお酒を飲んで笑い合いたい。
もし僕が死にそうになった時に人生を振り返ったとしても、決して。 この人生に幸せという文字がない訳では無い。
家族4人一緒に過ごす時間や、一緒に戦ってきた仲間たちと過ごす時間は僕にとって大切で楽しくて幸せな時間だったから。
無惨がこの世からいなくなると言うのであれば、 僕は命を懸けてでもこの戦いに全てを尽くす。
、ねぇ、知ってた?ずっと隠してたけど、本当は兄さんの事心の底から愛していたんだよ。 こっそりアピールだってしてたのに、兄さんってば鈍感だから気づかなかったなぁ。
それに本当は、僕が寝ている時に兄さんの布団をこっそり貰っていたこと、薪の事を管理して僕が寒くないように管理してくれたこと、頭を撫でてくれていたことだって全部知ってるんだよ。さすがの僕でも鼻を摘まれたら起きるに決まってる。
見ててね兄さん。
自慢な弟では無かったかもしれないけれど、必ず勝って生きて見せるから。
またあの時のような幸せな時間を、
取り戻す為に。
コメント
2件
まな板様、、、、さすがです、、、、 最高すぎます、、、👍
時透兄弟を振り返れました!(?) やっぱ最高です!!