テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#パワハラ上司
#インフルエンサー
537
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
視界が、この世のものとは思えない真っ白な閃光に包まれた。
左側の残滓のようなノイズも、右側の冷徹なまでに鮮明な景色も
すべてが光の中に溶け合い、一つに調和していく。
脳の奥深くで、歯車が噛み合うような「カチリ」という乾いた音が響いた。
「……あ…っ」
声が漏れた。
それは私がかつて喉を絞って出した掠れ声ではない。
震えるほど甘く、透明感に満ちた
あのインフルエンサー「美咲」の、完璧な声だった。
私はゆっくりと立ち上がり、部屋の隅にある大きな姿見の前に立った。
そこに映っていたのは、一分の隙もなく、毛穴一つさえも許さない完璧な美少女。
潤んだ瞳、バラ色の唇、陶器のように滑らかな肌。
かつての地味で、冴えない「奈緒」の面影など、分子レベルで残ってはいない。
『ピコン』
手の中のスマートフォンが、すべてを締めくくる最後の通知を告げた。
【アップデート完了。器の交換に成功しました】
【おめでとうございます。今日から、あなたが新しい『器』です】
「……あはっ」
思わず笑みが漏れた。
だが、その笑みの形は、私の意志などではない。
指の動かし方、視線の送り方、息継ぎの深さに至るまで
すべてが「人気インフルエンサー・美咲」という概念の最適解として、自動的に出力されているのだ。
ふと床に目を落とすと、さっきまでそこにいた「私の顔をした彼女」は、もういなかった。
ただ、彼女が纏っていた服だけが、魂を抜かれた抜け殻のように虚しく床にへたり込んでいる。
「……奈緒? ……どこへ行ったの?」
私は、自分の口がそう呟くのを聞いた。
「奈緒」という名前。
それは、世界からエラーとして消去された
価値のないゴミの名前。
もう、この世界でその名を呼ぶ者は誰もいない。
私は滑らかな動作でスマホを構え、自撮りモードに切り替えた。
画面の中の私は、最高に輝いている。
フィルターなんて、もう必要ない。
私の細胞一つ一つが、すでにデジタルな美しさに書き換えられ
永遠の「いいね」を維持するだけの記号と化したのだから。
『お揃いになれたね、奈緒』
脳内で、美咲の───いいや、奈緒の声が反響する。
私は慣れ親しんだ手つきでSNSを起動し
最高に可愛い笑顔の写真を世界へ向けてアップロードした。
《美咲ちゃん復活!》
《やっぱり世界一可愛い!》
《あれ、隣にいたあの地味な子は?》
《引き立て役消えた?》
流れていくコメントの群れを眺めながら、私は氷のように冷たい満足感に浸る。
だが、ふと画面の端に映った「自分の瞳」の奥に、何かが見えた。
小さな、本当に小さな、暗い部屋の隅。
泥のようなノイズに塗れ、声も出せずに泣き叫んでいる、かつての私───「奈緒」の微かな残骸。
『……だ……け……て……』
その微かなノイズは、次の瞬間に届いた
「10万件目のいいね」という通知の、軽快な電子音にかき消された。
私は、美しく、そして空っぽな完璧な人形として、永遠にスマホの画面の中で生き続ける。
誰か別の「器」を求めて、次の呪いが執行されるその日が来るまで。