「いやぁ、今日呼ばれたもんですから、もしかしてお嬢様がこちらに戻られたのも、私がなにかヘマをやらかしたからなのかと思ってびびっちゃいましたよ」
そう言って首にかけていた手ぬぐいで額を拭った。
「驚かせてしまいましたわね。そうではなくて、昨日話したことで聞きたいことがありますの」
「昨日? ですか?」
訝しんでいるエドガーに質問する。
「昨日、山賊のことを話してましたでしょう?」
すると、エドガーは笑顔で頭を掻きながら答える。
「あのことですかぁ、いや、あのあとエラリィたちにも怒られましたよ。お嬢様に余計な心配させるんじゃないって」
「そうなんですの?」
「はい、どうやら私の勘違いだったみたいで、山賊による略奪行為ってのは三ヶ月前にあったきりなんだそうです」
アルメリアは不思議に思う。
「どういうことですの? エドガーは昨日、略奪行為が何回かあったような言い方してましたわよね? それは実際に、その事件のことを知っていたからではありませんの?」
「いやぁ、それがそもそもの間違いだったみたいです。少し前にエラリィんとこと、ヴァンやクレイグのところに泥棒が入ったことがあったんですよ。んで、私はそれも山賊の仕業だと思い込んでました。そしたら、どうも夫婦喧嘩で派手にやり合ったのを、恥ずかしいから言えなくて、泥棒がはいったってことにしたらしいんです。本当にしょうもないですよ」
そう言うと声を出して笑った。アルメリアは全然納得していなかった。
「三人とも夫婦喧嘩を?」
「そうなんですよ! この三人は昔から夜遊び好きでしたでしょう? 三人揃って調子にのって遊びすきたらしくて、嫁さんが大激怒して大喧嘩ですよ。それでみんな子ども連れて実家に帰っちゃってるようですよ」
「そういうことでしたの、だから昨日エラリィはドロシーを連れてきていなかったんですのね?」
「そうです。私には嫁さんの母親が孫に会いたがってるからとか、言い訳してましたがね。山賊が出るって私がお嬢様に話したもんで、慌てて本当のことを話したんですよ」
それが本当なら良いのだが、三人の妻が揃って子どもを実家に連れて帰るというのは、どうもおかしいように感じた。
「よくわかりましたわ、あの三人も話しづらいことをよく話してくれましたわね。でも、問題がないのなら良かったですわ」
そう言うとエドガーは頷く。
「奴らは自警団も兼任してますから、泥棒が入ったって嘘もつきやすかったんでしょうね」
「ありがとう、これでスッキリしましたわ」
すると、エドガーは嬉しそうに言った。
「とんでもない、お嬢様もお忙しいのに昨日私が変なこといったもんで、心配かけちまって本当にすみませんでした。じゃあ、お嬢様のお時間をこれ以上無駄にするわけにはいきませんから、これで私は失礼します」
アルメリアは農園に戻っていくエドガーを見送った。
「爺」
「はい、承知しておりますお嬢様。農園の者たちと、泥棒騒ぎの件も合わせて調べさせていただきます」
「ありがとう、よろしくお願いね」
アルメリアは自分の考えが間違いでなかったことを確信した。
ペルシックから報告書が上がってくるまで、しばらくは表面上何事もないかのように振る舞った。
そんなある日、ペルシックが客人が訪れたと言った。アルメリアが誰が来たのか尋ねるも、ペルシックはその問には答えなかった。
不思議に思いながら客間へ向かい部屋に入ると、黒髪の青年がソファに足を組んでゆったりと座っている姿が目に入った。その姿を見てアルメリアは思わず息を呑む。その青年がルクにそっくりだったからだ。動揺する気持ちを抑えつつ、なんとかその青年に声をかける。
「あの、貴男は……」
すると、その青年は立ち上がりアルメリアに微笑む。
「こんにちは、クンシラン公爵令嬢。不躾にも突然押しかけてすまない。私はアウルス。君なら名前ぐらいは知っているだろう」
アルメリアは慌てて、膝を折り頭を下げた。そして、突然目の前に皇帝陛下が現れたことに混乱した。
「失礼な態度をとり、大変申し訳ございませんでした」
すると、アウルスはアルメリアの前まで来ると跪いた。
「顔を上げて、私の顔を見てくれるか?」
アルメリアは驚きながらその顔を間近で見る。その顔は、見れば見るほどルクに似ていた。黒髪にブルーブラックの瞳、整った堀の深い鼻筋の通った顔。アルメリアの心はかき乱された。だが目の前にいるのは孤児の子どもではない。皇帝である。ルクであるはずがなかった。
アウルスはアルメリアの瞳をじっと見つめると、微笑んだ。
「そんなに緊張しなくていい」
そう言うと、アルメリアの手を取り立ち上がり、そのままソファの方へエスコートした。
「落ち着いて、さぁ座って」
促されてアルメリアは素直に座った。思わず掴んでいる手を握り返し、更にアウルスの顔を見つめる。
「どうした? 幽霊でも見たような顔をしているね。目の前に皇帝が現れたのだから、驚いてもしょうがないかもしれないが」
そう言うとアウルスはアルメリアの隣に座った。
「あ、あの、皇帝陛下がわざわざ私の屋敷にどのような御用でしょうか」
アウルスは、掴んでいるアルメリアの手を両手で包み込むと優しく握った。
「アズルだ」
緊張していたので、アルメリアは何か聞き間違いをしてしまったのかと思い聞き返す。
「はい?」
「親しいものは私をアズルと呼ぶ」
「はい、そうなのですね」
親しいものとは家族のことだろう。そう思いながら、なぜ今そんな話を? と、少し混乱していた。すると、アウルスは思いもよらぬことを言った。
「だから君もアズルと呼んでくれ。皇帝は駄目だ」
そう言われてやっと、周囲の者に皇帝がいるとばれないように、名前で呼べと言っているのだと理解した。
「では、これからはアズル様と呼ばせていただきます」
「違う、アズルだ。敬称はいらない」
驚き、首を振るとアルメリアは答える。
「そんな、恐れ多い……」
すると、アウルスはアルメリアの唇に人差し指をあて、話すのを遮る。
「名前を変えて呼んでも、公爵令嬢の君が様をつけて私を呼べば、それなりの地位の人間だと周囲にばれてしまう」
アウルスの指が唇から離れた瞬間、アルメリアは恥ずかしくて俯いてしまった。するとアウルスはアルメリアの頬に手を伸ばし、自分の方へ向かせた。
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