テラーノベル
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倉庫の中は混沌に満ちていた。
ついでに悪臭にも満たされていた。
荷運びの男たちは慣れたもので、荷車の荷を解いてさっさと倉庫へと運び込んでいく。ゴブリンの生首とやらは布で包まれていて、直接見えないのが唯一の救いだった。
ユーリは恐る恐るカオスの向こう側を覗き込んでみた。
倉庫は入り口近くからして既に迷宮のようで、雑多に並べられた背の高い棚に何の規則性もなくモノが置かれている。
何やら枯れ木の枝のようなものの隣は、獣の牙。さらにその横に丸い石。全部むき出しの状態で、細かいものはかろうじて箱に入れられている。
少し奥に見える細長いアレはなんだろうか。指が六本ある手に見えるのだが、気のせいだろうか。
――深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ――
ユーリの脳裏に、いつだったか聞いた言葉が蘇る。
コッタたち荷運び人は少し奥まで入っていって、棚の下段に袋を置いた。乱雑に置くものだから時々棚からコロンと転がり落ちる。
それを足先でひょいと押しのけて、次の荷物を置くのだ。押しのけた拍子にその奥の何かがガシャンと音を立てても、彼らはちっとも気にしていない。
漂う悪臭と相まって、ユーリはめまいを覚えた。
一歩下がって倉庫の扉にもたれかかる。
するとコッタが心配そうに言った。
「ユーリ、大丈夫かよ? 顔色が悪いぞ」
「ごめん、ちょっとめまいがして」
「そりゃいかん。事務所で休んでいけよ。何なら今日は早引けでもいいだろ」
そう言われて、ユーリは甘えようかと思った。でもこのめまいは別に病気なんかではなく、目の前の惨状にショックを受けたためだ。
そしてこの惨劇の現場は今日からユーリの職場なのである。初日から引き下がってなどいられない。
「大丈夫! 外の風に当たればすぐ治るから」
「そうかい?」
「それで、私は何をすればいいのかしら。倉庫整理!?」
ユーリが全身に気合を入れ直していると、コッタは苦笑した。
「いやいや、あんたみたいな細腕じゃ力仕事は無理だろ。あっちの事務所にナナっていう事務員がいる。彼女から詳しい話を聞いてくれ」
ユーリはちょっと肩透かしを食らった気分になったが、気を取り直して事務所に行った。
事務所はレンガ造りの小ぶりな平屋である。中に入ると机がいくつかあり、若い女性が一人椅子に座っていた。
「こんにちは、今日からここで働く山岡悠理です。あなたがナナさん?」
「…………」
女性はちらりとユーリを見て、小さくうなずいた。
「なにをすればいいか、ナナさんに聞くように言われたのですけど、どうしたらいいですか?」
「…………」
ナナはやはり無言である。
ユーリは少し不安になって彼女を見た。
ごく若い、少女といっていいくらいの年頃の人だった。たぶん十七歳か十八歳くらいだろう。緑色がかった灰色の髪を肩まで伸ばしている。伏し目がちの瞳はまつ毛に隠されていて、色合いは良く分からない。
困惑したユーリが立ち尽くしていると、ナナはようやく声を出した。
「ユーリさんの……席は、そこです」
示された机を見る。素朴な木製の机で、椅子も日本のオフィスチェアではなく、キャスターなどはついていない。
#女主人公
灰猫さんきち
1,008
ぬくみおんせん
21
#センチネルバース
かんな
976
#魔道具職人
こはる
208
ユーリはそこに座ってみた。ナナを見るが、彼女はまたもや無言である。
ユーリは仕方なく立ち上がって、事務所内をあちこち見て回った。
書棚があったのでよく見てみると、中に収められているのは冊子ではなく巻物だった。ユーリは驚いてそれを手に取った。革製のカバーがしてあったので、取り外して中身を見てみれば、素材の目録だった。
巻物なので、紙を少しずつ引っ張っては先を読む。冊子に比べるとなかなかに不便だ。
ユーリは既に読み書きは問題ないレベルになっていた。計算はもともと得意なので、それも問題ない。
巻物はいちいち手繰らないといけなくて読みにくかったが、それでもなんとか読み進めていく。
手に取った巻物は魔獣型――四足歩行をする獣に似た魔物――の素材だったようで、色々な魔物の名前と部位が書いてあった。
ざっと目を通した後に隣の巻物を見ると、留め紐に表題が書かれているタグがついていると気づいた。そちらには『亜人型』と書かれている。開いてみれば、『ゴブリン』『オーガ』など日本でも聞いたことのあるような魔物の名前が連なっていた。
ユーリは書棚を見渡して、素材以外のものを見つけた。タグに『在庫表、A.V.C.八百六十三』とあるのを見つけて開いてみる。A.V.C.はユピテル帝国の暦で、八百六十三年は今年である。
「え?」
ところが、在庫表を開いたユーリは思わず声を上げた。今はもう四月なのに、中身はほとんど真っ白だったのだ。
先程見たばかりのカオスな倉庫が脳裏に浮かぶ。あれだけぱんぱんにあふれそうになっているくせに、書類の在庫表はほぼ白紙。これはいったいどういうことだろうか?
「ナナさん。この在庫表が真っ白なんですけど、どうしてか分かりますか?」
他に聞く相手もいない。ユーリはナナに声をかけた。
「…………」
ナナは小さく首を振る。しばらく待っても何も言わないので、ユーリが口を開きかけると。
「分からない……です。あたしの担当は経理だけなので……」
とてもか細い声だった。ユーリはなるべく優しい口調で言う。
「じゃあ、誰か分かる人を教えてもらえますか?」
「たぶん、ギルド長……」
「分かった。聞いてきますね」
ユーリは内心でため息をつく。いくら担当違いとはいえ、同じ事務所内の書類がこんなことになっていて、気づかないはずはないのだけれど。
立ち上がって部屋を出る際、そっと振り返ってみたら、ナナはまるでうつむくように机に向かっていた。落ちかかって顔を隠す髪が、彼女の閉じた心を表しているようだった。
ユーリは冒険者ギルドの本館に戻って、再度ギルド長のガルスと面会した。
ガルスは「今日の仕事はそろそろ終いなんだがなあ」などと言いつつも、話を聞いてくれた。
「倉庫事務所で素材の在庫表を確認しました。これです」
ユーリが在庫表を差し出して切り出すと、ガルスは眉尻を下げて頭を掻いた。
「あ、あ~。それなぁ……」
歯切れの悪いガルスに、ユーリは畳み掛ける。
「もう四月なのに、今年の分が真っ白なのは、どうしてですか?」
「スマン!」
ガルスは長椅子からがばっと身を起こすと、ユーリを拝むようにした。
「見ての通りだ。正直に言うと、倉庫の在庫は誰も把握なんぞできちゃいないんだ」
「えぇ?」
「十年前にウルピウス帝の防壁――そう、町の北にあるとんでもなく長い壁だよ――が完成して、このカムロドゥヌムの町は安全性が高まった。安全な拠点に冒険者たちが増えて、素材の買い取りも増えた。その頃からだよ。倉庫に素材を放り込むばっかりで、だんだん中にどんなものがどれだけ入っているか、分からなくなっちまったんだ」
「…………」
ユーリが思わず黙ると、
「…………」
ガルスも天井を仰いでため息をついた。
部屋の中はしばらく無言が続いたが、いつまでも黙っていても埒が明かない。
仕方なく、ユーリは質問してみた。
「誰も在庫を把握していないのに、素材の注文が入った時はどうしているんですか? どこに何があるかも分かりませんよね?」
「コッタのような熟練の職員が、勘を頼りに取ってきている」
「カン」
「カンだ」
ユーリは頭が痛くなるのを感じたが、もう少し頑張ってみることにした。
「経理はどうなってるんですか。入庫と出庫の帳簿が合わないと、書類が作れませんが」
ナナの様子を考えると期待できないと思いつつ聞いたら、こんな答えだった。
「大手の魔道具商会や鍛冶ギルドなんかだと、毎月の注文にそう大きな違いはない。必要とされる素材はほとんど決まっている。毎度同じ注文が入ったことにして、帳尻を合わせている」
ひどいものである。
ガルスは肩身が狭そうにしながら続けた。
「一番デカい問題は、ドリファ軍団からの注文だ。あそこは毎月、必要なものをきちんと調べて注文してくる。だから細かく対応しなけりゃならねえのに、だんだん納品ミスが増えて、アウレリウス様やペトロニウス様にお叱りを受けるようになった」
そりゃあそうだろうなとユーリは思ったが、さすがに口には出せない。
「冒険者ギルドはブリタニカ属州総督の下で運営されている。軍団と同じ国の組織だ。とはいえ正規兵の軍団と、食い詰めた農民を冒険者に仕立て上げて働かせているウチとじゃ、立場が違いすぎる。もう限界なんだよ。
なあ、頼む、ユーリ。あんたはアウレリウス様のお墨付きだ。この状況を何とかするために来てくれたんだろう?」
「いえ、私は……」
「頼む、この通り! このままじゃ素材の買い取り業務まで支障をきたしかねん。そうすりゃ冒険者どもは死活問題なんだ」
「う……」
ユーリは言葉を詰まらせた。貧しい農村から出てきて、危険と隣り合わせで食い扶持を稼いでいるという冒険者たち。そんな彼らのこの先が、ダメダメな倉庫管理のせいで行き詰まってしまうなんて、あんまりだ。
「……分かりました」
ユーリは覚悟を決めてうなずいた。
「微力ながら、力を尽くします。まずは何から手を付けるといいか、ガルスさんと相談したいのですが」
「おお! 助かるぜ!」
ガルスは顔を輝かせて膝を打った。
「やり方はユーリに任せる。何せ俺がギルド長をやっている間に、こんなんなっちまったからな。アウレリウス様お墨付きの知恵を見せてくれ」
「いやあの」
「よっし、じゃあ今日の仕事はここまでにしとくか。いやー、首の皮一枚つながった気分だわ。良かった、良かった」
ガルスは機嫌よくワハハと笑って席を立った。
「明日からよろしく頼むぜ、ユーリ」
バタン。ガルスが出ていって、ギルド長室のドアが閉じられる。
後に残されたユーリはぽかーんとした。
「えっ、何、今の。……丸投げ? まるっと投げられた?」
今日は倉庫を見てめまいがして、めちゃくちゃな状況に頭痛がして、最後に丸投げである。盛りだくさんにも程がある。
ふと見れば、窓の外はそろそろ夕焼けが始まっていた。そういえば、ユーリの住む部屋もまだ案内してもらっていない。
事態は差し迫っているものの、ここまで来たら今日や明日に破綻するわけでもないだろう。
ティララに宿舎の部屋を聞いて、今日はもう休もうと思った。
「あー、なんか、すっごく疲れた……」
深い実感を込めて、ユーリはため息を吐いた。
コメント
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わあ、第7話読み終えました…!ユーリさん、いきなりカオスな倉庫に放り込まれて大変ですね(笑)。在庫表がほぼ白紙なのに倉庫は満杯って、ギルド長の「カンだ」のくだりは思わず笑ってしまいました。でも笑い事じゃなくて、黙り込むナナさんの様子とか、ユーリが丸投げされて呆然とするラストとか、地味にじわじわくるリアルさが沁みますね。これはこれからの奮闘が楽しみです…!ユーリさん、がんばって〜!