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「なのに……君には別の人が。もし、本当に彩葉が幸せなら、俺は君に会わずに想いを閉じ込め、仕事に邁進するしかないと思った。でも、やっぱり、どうしてもひとすじの希望は捨てきれなかった」
「ひとすじの希望?」
「ああ。彩葉には本当に申し訳ないが、こちらで調べさせてもらった。もし、その希望があるなら、絶対に君を諦めたくなかったから」
驚いたけど、その言葉には九条さんの強い意志を感じた。
「彩葉、君は……1人で子どもを産んで、1人で育てているんだね」
「そ、それは……」
勝手に心拍数がどんどん上がっていく。
「彩葉が誰かと結婚したわけじゃないと知って、俺は心を決めた。だから今日、君に会いにきたんだ。俺の気持ちを今度こそちゃんと伝えたくて」
九条さんの気持ち?
私、ずっと冷静になれないままで、まだ全然心の準備とかできてないんだよ。
九条さん、いったい何を言うつもりなの?
「子どもの父親は……俺だよね?」
えっ……
一瞬、私の中の時間が止まった。
九条さんのその質問……
答えはYES。
でも……
本当のことを話してしまったら、私、どうなってしまうかわからない。
いっぱい悩んで、それでもようやく1人で雪都を育てる決心をした。
その決意が揺らいでしまいそうで怖い。
私は目をぎゅっと閉じて、ただ下を向くことしかできなかった。
もう、心臓のメーターが振り切れそう。
「彩葉、落ち着いて。俺を見て。大丈夫だから」
少しパニックになってる私の心の中に、九条さんの穏やかな声がスーッと入ってきた。
優しさで満たされたその言葉に、私はゆっくりと顔をあげた。
ただ九条さんを信じて、深く呼吸をしながら。
そしたら、目の前に柔らかな笑みを浮かべるあなたがいて……
動揺、不安、迷い、そんな複雑な思いに覆われた心に、小さくて温かい明かりが、ポっと灯ったような気がした。
「……ごめんなさい」
「どうして謝る? 彩葉は何も悪くない。君が謝ることは何もない」
「私……今、何を答えたらいいのか……」
せっかく九条さんが話しやすい雰囲気にしてくれたのに、上手く言葉が出てこない。
「そんなに涙を溜めて……俺は君をずっと苦しめていたんだな」
九条さんは、自分を責めるように言った。
こんな素敵な人の悲しむ顔を見るのはすごくつらい。
「そんな……苦しめるなんて、そんなことありません。決してそんなことはないんです。だって、私は……ずっと幸せでしたから」
その気持ちは嘘じゃない。
私は雪都といられて、毎日本当に「幸せ」だった。
「彩葉。君は出産という大事な時に、俺に何も言えないままで、たくさんつらい思いをしただろう。なのに君は俺を責めるどころか、立派に子どもを産み、育て、守ってくれた」