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白く、無機質な天井。
機械の電子音が、規則的に響いていた。
その病室に、5人は黙って座っていた。
みことは、まだ眠ったまま。
血を流し過ぎたせいで意識を失い、緊急搬送されたのだ。
真夜中の病室には、月明かりが静かに差し込んでいた。
「……みことの馬鹿」
ベッドの傍に座るすちが、ぽつりと呟いた。
その目は、ひたすらに優しく、痛みに満ちていた。
「何で、あんなに無茶するかな……」
壁際のソファでは、いるまが腕を組み、目を閉じていた。
隣では、ひまなつが静かに彼の肩にもたれて寝息を立てている。
「……あいつ、無感情になってる時、目が……やべーな」
いるまはそう呟き、そっと目を開いた。
「けど……あの中で一番ヤバいのは、すち、お前かもな」
「なんでさ」
「怒りながら撫でてんの、お前ぐらいだろ」
すちは苦笑するしかなかった。
ソファの反対側では、らんがこさめの頭を撫でていた。
こさめはベッドの足元に座り、両膝を抱えながらみことを見つめている。
「みこちゃん、ほんとは……すっごく無理してたんだね……」
「そうだな。今まで何も言わずに戦ってた。……俺も、気づいてやれなかった」
「……もっと、大事にしてあげなきゃ、だね」
こさめの目に、涙がにじんでいた。
夜が明け始めた頃。
みことのまぶたが、ゆっくりと動いた。
「……ん、……ぁ……」
「みこと!」
すちが立ち上がる。
その声に、全員が動いた。
「……すち、……みんな……?」
「お前……! バカかっ……!」
すちの声は震えていた。
怒っているのか、泣いているのか、自分でもわからなかった。
目を開いたみことは、みんなの顔を見て、ぽつりと口を開いた。
「……なんで……みんな、そんな顔してるの」
「心配してんだよ。……お前が、死にそうな顔して戦ってたから」
みことの目が揺れる。
心配される理由が、わからなかった。
自分は、ただ“やるべきこと”をしただけのはずだった。
「……でも、俺、戦えたし……大丈夫だったよ」
「“大丈夫”って言うな」
すちが、声を低くして言った。
「血まみれで、感情もなくて、立ってるのがやっとだったお前のどこが大丈夫だよ。……俺の前で、二度とそんな言い訳すんな」
みことは、目を見開いた。
すちの言葉が、胸に突き刺さる。
──心配されたくなかったはずなのに。
──怖がられたって思っていたのに。
けど、今、ここにいるみんなは。
誰一人、自分を責めていない。
誰一人、目を逸らしていない。
「……泣きそうな顔、してるね……すち」
「泣いてねぇよ」
「うそだ。……すちの手、すごく、震えてる」
みことは、すちの手をそっと握った。
温かい……けど、どこか遠くて、柔らかくて、壊れそうだった。
「……撫でてくれた時の、手、思い出してた」
「……」
「俺、痛いの、どうでもいいと思ってたけど。……すちの手は、痛くなかった」
すちは俯いたまま、唇を噛んだ。
「じゃあさ。もう、自分で傷つくな。……俺のとこ、来いよ」
その一言に、みことはほんの少し目を見開いた。
「……来てくれないと、もう撫でてやんない」
「……すち、それ、ずるい」
「うん、知ってる」
小さく笑うすちに、みことは視線をそらした。
でも、手だけは、離さなかった。
その瞬間、誰も言葉を挟まなかった。
病室の中に、あたたかい沈黙が流れた。
新しい何かが、ゆっくりと、確かに始まっていた。
「よいしょ……っと。あ、いて……」
「無理すんな、みこと。階段、俺の肩使えって」
「う、うん……ありがと、すち」
退院日。
病院の玄関を出たみことは、まだ松葉杖を頼りに歩いていた。
傷口はある程度ふさがっていたが、深手だったこともあり、完治まではまだ時間がかかる。
「ひとり暮らしとか無理だから。俺んとこ、来い」
そう言い切ったのは、退院が決まった数日前の夜、見舞いに来たすちだった。
すちの家は、大学近くの2LDKのマンション。
一人には広すぎるその空間が、今日はやけにあたたかく感じた。
「とりあえず、横になってて。部屋、エアコンも加湿も完璧だから」
「すちって、もしかして……すごく細かい性格?」
「お前が雑すぎんの。何でも無理しすぎなんだよ。……俺、見てるだけで寿命縮むわ」
「そ、そんな……」
みことは小さく笑った。
すちに怒られることには、もう少し慣れてきた気がする。
みことはソファに座り、ふわっとため息をついた。
すちはキッチンでお湯を沸かしていた。
やわらかい光が、部屋全体を包んでいる。
「……すち」
「ん?」
「……俺、あの時、たぶん、すごく怖かった」
ぽつりと、みことが言った。
「……でも、誰かを守りたくて、感情を閉じて動いてた。……自分がどうなってもいいって、本当に思ってた」
すちは何も言わなかった。
ただ、お湯を注いだカップをテーブルに置く。
「今、こうして生きてて、ここにいられるのが……ちょっと、夢みたい」
みことがゆっくりと顔を上げると、すちは真っすぐに彼を見ていた。
「それが“生きてる”ってことだろ。……夢なら、俺が現実にしてやる」
「……うん」
心が少しずつ、解けていく音がした。
その夜。
すちが部屋に入ると、みことは布団にくるまって寝息を立てていた。
枕元には、小さなメモが置かれていた。
「すちへ 今日ありがとう。あったかいって、すごいね。」
すちは微笑んで、その頭をそっと撫でた。
「……んん…あったかい…」
寝言のような声に、すちは少し驚く。
「……おやすみ、みこと」
「……おやすみ…すち…」
みことの声は眠たげで、でもどこか、確かだった。
2人の時間は、こうして静かに始まった。
壊れかけた心と身体が、誰かと触れ合うことで修復されていく。
みことにとって、初めて「守られる」ことを知る、そんな毎日が始まる。