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今日が、藤澤先生の最後の日。
元貴と滉斗は、その少し後ろのステージ袖で、手に汗をにじませていた。
—
「なあ元貴、手、震えてる?」
「うん……滉斗は?」
「めっちゃ震えてる。でも、絶対ちゃんと弾く」
「……うん、僕も」
離任式の壇上には、先生の姿が見える。
式が進んでいく。
校長先生の話、教員代表の挨拶、生徒会からの花束贈呈。
そして、最後。
「本日、特別に生徒から先生への贈り物があります」
マイクを通して、アナウンスが体育館中に響く。
滉斗と元貴は目を合わせ、2人はステージへ出た。
—
滉斗の手にはギター。
そしてピアノとボーカルは元貴。
今日は、ふたりだけで音を鳴らす。
元貴がマイクを握って言った。
「この曲は、僕たちが、藤澤先生のために作った曲です。
先生が教えてくれた音楽、先生と過ごした日々、すべてに“ありがとう”を込めて」
「……聴いてください。“BFF”」
—
先生がくれた“音楽”の心が、そこにある。
ふたりだけのアレンジで、曲が始まる。
縁に帰る匂いがした
覚えているかな?
僕たちは
夢中に描いたんだ
大きな宇宙のような瞬き
滉斗のギターが、優しく響く。
僕の声が、静かに流れていく。
先生に向けて、ただまっすぐに。
—
バカみたいな僕の夢を
バカみたいに信じてくれて
やるせないそんな今日でも
僕には君が居る
歌いながら、目の奥が熱くなった。
でも泣かないって決めていた。
最後まで、ちゃんと“音”で伝えたかったから。
—
最後のフレーズ。
ありがとう今日も
ただ一緒に
忘れることは無い
ただ永遠に
ピアノの音が止んだとき、
元貴の指先は震えていて、目の前がぼやけていた。
滉斗がギターを弾き終え、何も言わずに元貴の肩にそっと手を置いた。
その瞬間、元貴の涙が止まらなくなった。
(……先生、ありがとう……っ……)
滉斗も目を赤くして、うつむいたまま、声を詰まらせた。
体育館が、静まり返る。
そして、少し遅れて、大きな拍手が響いた。
元貴と滉斗は、そっと一礼した。
先生が、ゆっくりと立ち上がって近づいてきた。
「……最高の贈り物を、ありがとう」
その声もまた、かすかに震えていた。
「君たちの音楽、ちゃんと届いたよ。……一生、忘れない」
その日、ふたりは初めて、人前で泣き崩れた。
でも、それは悲しみの涙だけじゃなかった。
音で、伝えることができた。
それが、なにより誇らしかった。
—
体育館のドアの向こうへ、先生が歩いていく。
背中を見送りながら、僕たちは静かに並んで立っていた。
“さよなら”は、いつだって寂しい。
でも今日は、その音が、あたたかかった。
藤澤先生がこの学校を去ってから、季節は静かに変わった。
花壇にはチューリップが咲き、
校庭には新入生らしき小さな背中がちらほらと揺れている。
元貴と滉斗は、2年生になった。
新しい教室。
新しいクラスメイト。
それでも、隣に滉斗がいることで、日々は確かに繋がっている。
放課後の音楽室も、今は少しだけ違う雰囲気になった。
けれど、僕たちは変わらない。
変わらずここで、音を鳴らしている。
―
あの日の“BFF”は、僕たちにとってはじめての「ありがとう」の形だった。
でもきっとこれからは、
「嬉しい」も、
「寂しい」も、
「大好き」も――
全部、音にして届けられる。
僕たちは、音楽を手に入れたから。
—
先生、聞こえていますか?
僕たちは、ちゃんと、歩いています。
音を鳴らして、笑って、時々泣いて。
そして――あなたがくれた“音”の意味を、
今も、これからも、ずっと探し続けています。
—
「青春は、まだ始まったばかり」――完。