テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
昼間に聞いてしまった歩くんの好きな人のこと。私は今ままでそれに気づかずに無神経に甘えてばかりだった。
「歩くんには好きな人がいるのに甘えてばかりでごめんなさい」
立ち止まって振り返る歩くんは大きな目をまん丸くしていた。そして、幾度か瞬きを繰り返してから眉を寄せた。
「悪い、波の音で聞こえなかった……かも?」
「あの、歩くんには好きな人がいるのに」
「ストップ」
もう一度言おうとする私の口を歩くんの手が軽く塞いだ。
不意打ちで思わずドキッとしてしまったけど、慌てて自分の気持ちを落ち着かせる。
「それ、本気で言ってんのか?」
私に知られてしまったからなのか、困った様子で眉を下げて目を細める歩くん。
立ち聞きしてしまったこともちゃんと謝らないとだよね。
「ましろ」
歩くんの瞳はすごく真剣で、思わず息を飲んだ。沈黙の間に、波が押し迫ってくる音が響き渡る。
暗い海辺で私たちは向かい合いながら、ただ見つめ合っている。
歩くんから紡がれる言葉の続きを待つ数秒が異様に長く感じられた。
「俺は……好きじゃない人には、優しくしない」
歩くんの手が私の口元から離れていく。
「ましろは?」
「え?」
少し寂しげに微笑む歩くんを雲の隙間から現れた月明かりが照らし出す。
その姿が清麗で、まるで天使みたいだなんて思ってしまう。そのくらい彼は綺麗な男の子だ。
「好きな人、いる?」
「ま……まだ言えない」
自分の心の中に揺らめく気持ちは、まだ誰にも言えない。
少しずつどこかに傾き始めても、完全とは言えない彷徨うこの気持ち。
それに、揺らぎが確信に変わった時、大事な日に一番最初に相手に伝えようって思う。だからそれまでは誰にも言わない。
「はぁ……ったく、ずりーなぁ」
歩くんは苦笑しながらため息を吐いた。
「歩くんだって教えてくれないでしょ?」
「へっ?」
歩くんがきょとんとする。さっき歩くん誰だか教えてくれなかったし、きっと話を誤摩化す為に私に聞いてきたんだよね。
「……ばか」
小さく呟かれた言葉が波に掻き消されてしまった。
「え?」
「何でもない」
聞き返す私に少しムッとした表情の歩くんが、もう一度同じ言葉を言ってくれることはなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
48