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「ありがとう。あ、のさ、夏休み最後の日にした約束、覚えていてくれる?」「もちろんだよ。次に会った時に、麗華のハナシを聞かせてもらうって約束したよね」
そっと私から離れた麗華は、コートの袖で目を擦る。手をどけると見たことがないほどに清々しい表情をしていて、憑き物が落ちたかのような凛とした姿は、今まで以上に美しかった。
「私ね、小説書いてるの。ずっと誰にも言えなかったし、言うつもりもなかった。だけど文には本当の自分を知ってほしいと思ったの」
やっぱり、そうだったんだ。
そうだったら良いなという思いと、焦るような思いとが合わさり、よく分からない感情へと変わっていく。
「あの時は、転けさせてしまってごめんね。『返して』って、意味分からなかったよね? 私、スマホのアプリで書いてるんだけど、あの日、何をどう間違えたのか文に書いた文章送っちゃって頭真っ白になって、メッセージの取り消ししたら良いのにそこまで頭回らなくて、気付いたら騒いでた。文には『普通にこだわることない』とか偉そうなこと言ってたクセに、私は本当の自分隠して、取り繕って生きてるのに、相手には自分の理想を押し付ける。これが本当の私、普通にこだわっていたのは私の方だった。みっともないよね……」
そんなことないよ。少なくても私より前を進んでるよ。
……やりたくてもやらなかった私に比べたら、麗華の方がよっぽど。
私が小説を書いてみたいと思ったのは、小学六年生になった頃だった。
だけど周りから浮いていると気付き始めていた私は、これ以上「普通」から外れたことをしてはいけないと自分にブレーキをかけていた。
この息苦しさを、生きづらさを、文章に出来たらどれほど楽か。ザラザラとした気持ちを綴れたら、どれほど息がしやすくなるか。
試してみたかったけど怖かった。自分がもっと、みんなから離れてしまいそうで。
「私ね、麗華に言われて考えたの。『普通』って何か。それは人が決めることじゃなくて、自分が決めることなんだよね?」
私が持つ「普通」の基準は、いつも周りの人だった。
みんなのすることが普通、流行りに乗ることが普通、それから外れたら普通じゃない。そんな極端な考えが頭にこべり付いていたけど、それは違う。
『他人に合わせるなんてナンセンス』
『信じた道を貫き通せ』
『ぶちこわせ、くだらない価値観を』
このフレーズは歌詞だ。
三学期の初日、お母さんにイジメられていることを気付かれたくない一心で、自室で話す時はレイの歌を爆音で流していた。
普段は何歌ってるのか分かんないとイラ立っていたけど、この時はなぜか聞き取ることが出来た。
……なんて、心に沁みる歌詞を作るのだろうって。
レイは作詞作曲もしているらしく、自分の心情を綴っているらしい。
公式の発言は避けられているけど、何となく分かる。レイも悩んできて、それをバネに頑張ってきた人なのだろう。
流行りの人だからキライ。
所詮は顔がいい人が薄っぺらいことを歌っているだけ。
そう思ってきた私はいかに視野が狭くて、あいてを決めつけてきたかを思い知らせる。
麗華に対してもそうだ。
美人で何でも出来る麗華は、苦労知らずで悩んでる人間の気持ちなんて分からないと思っていた。いや、僻んでた。
だけど周りに利用される立場だったのは同じで、だから一人でも良いからホントの自分を知ろうとしてくれる人以外とは距離を取るようにしていた。
#極道
鷹槻れん

16,281
世羅 鈴🎨🎤
639,048
繭ネ
160
そんなことも知らずに、色々思って最低だよね。
「普通は自分が決めること……。その言葉、すごく良いね! め、メモさせてっ!」
伏せていた目は途端にキラキラと輝き、スマホに手早く打ち込んでいく。
は、速い。
そっか、文章打つのが速かったのは、普段からスマホで執筆していたからだったんだ。
いいな、すごいな。
そう思うのは、麗華が誤送信してしまった小説を何度も何度も読み返すぐらいに惚れ込んでしまっていて、羨ましかったからだ。
普通にこだわって周りに合わせていた女子高生を主人公にした物語。
執筆途中だからこの先どうなるか分からないけど、主人公の言動とか心情がまさに私で、一瞬で惹き込まれてしまった。
主人公が何を思って、どんな気付きをして変わっていくのか、見届けたくて仕方がない。私も麗華みたいに読み手を惹きつける話を書きたい。
でもムリだよね。だって……。
「小説を書くなんて簡単だよ。スマホがあれば執筆アプリをインストール出来るし、紙とボールペンがあれば書ける。特別な道具なんていらないし、今すぐにでも始められるよ」
あ、そっか。私はまた言い訳を探そうとしていた。
理由つけて諦めて、頑張っている相手に嫉妬して、ウジウジして変わろうとしない。ずっとこのままでいる気なの?
「麗華が使ってるアプリ教えて」
「うん!」
アプリをインストールする指は弾けていて、新たな扉を開くみたいに胸が高鳴ってくる。
アプリを開いて執筆ページに行くと当たり前だけど文字数カウントは0で、何も書いてない空白が映し出された。
いつもなら周りを見て無難な文字で空白を埋めていくけど、その必要はない。
ここに何を打ち込むかは、私の自由だ。
私は麗華の物語を書きたいな。
辛かったことをバネにして自分の世界を貫いている、そんな気高く理想の友達を。
そして綴りたいの。そんなあなたと出会った鈍臭い女子高生が、どんなふうに変わっていくか。
私のこれからの人生として。