テラーノベル
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朝食を終えた直後から、カキは庭の穴の前に戻っていた。
メバルに見張られ、マサカゲに作業範囲を指定され、アオノに危険性を説明されても、カキの手にはしっかりとスコップが握られている。
「カキちゃん、勝手に掘らないでって言ったよね」
メバルが腕を組んで言った。
「勝手じゃないって。マサカゲが指定した範囲だけ掘ってる」
「その範囲、昨日より三十センチ広がってるけど?」
「誤差だよ、誤差」
「庭の穴に誤差はないの!」
カキはしゃがみ込み、穴の底に見えている古い金属板を指で叩いた。
コン。
乾いた音が返ってくる。
「ほら、やっぱり下に空間がある」
アオノも隣にしゃがみ、金属板の周囲を観察した。
「反響から判断すると、板の下は空洞です。深さは不明。金属板の固定状態も劣化しています」
「つまり、開けられるんだな?」
「開けられるとは言っていません」
「でも、開けられないとも言ってない」
「危険性が不明なので、作業を中断してください」
マサカゲがすぐに口を挟んだ。
「カキ、そこから離れろ。先に周囲を測る。アオノ、監視カメラで庭の映像を確認。ミステーは金属板に触るな」
ミステーは金属板を見ながら、真面目な顔で頷いた。
「分かった。蓋は、開けられるために存在している」
「その発言は作業中止の理由になるな」
マサカゲが言った。
カキは素直に一歩下がった。
そして、返事をした直後に金属板へ手を伸ばした。
「カキ!」
メバルとマサカゲの声が重なる。
カキは手を止めた。
「まだ触ってない!」
「触る寸前だったでしょ!」
「寸前は触ってないのと同じだろ」
「違うよ!」
少し離れた場所で、K-Tは庭全体を見ていた。
穴の周囲。
シェアハウスの窓。
車庫。
道路。
庭の隅に設置された監視カメラ。
誰かが近づいている様子はない。
だが、カキの手元だけは明らかに危険だった。
K-Tは無言で一歩、穴へ近づいた。
「待て」
短い声に、カキの動きが止まる。
「開ける」
#スクラッチャーズ
K-Takasaka
214
#異世界転生
#K-T
「Kさんまで!」
メバルが振り返った。
K-Tは金属板の縁を見た。
「俺がやる」
「いや、そういう意味じゃなくて、開ける前に確認を――」
マサカゲがK-Tの腕をつかむ。
「待てと言っただろ」
「離せ」
「離したら開けるだろ」
「開ける」
「だから離さない」
その隙に、カキが反対側へ回り込んだ。
「じゃあ、俺が開ける!」
「カキちゃん!」
メバルが叫ぶ。
カキは金属板の端に指をかけた。
アオノが立ち上がる。
「カキ、そこを操作すると、内部の状態が変化する可能性があります」
「だったら、変化する前に見る!」
「論理が逆です」
「いくぞー!」
カキが金属板を持ち上げた。
ぎ、と古い音がした。
板は思ったよりも簡単に動いた。
その瞬間、穴の中から黒っぽい小さな箱がせり上がってきた。
箱の上には赤い線のようなものがあり、側面には円筒形の部品が取り付けられている。土に埋まっていたため汚れているが、どう見ても普通のおもちゃには見えなかった。
カキは目を輝かせた。
「ばくだー」
その一言を聞いた瞬間、K-Tが動いた。
「下がれ!」
K-Tはカキの腕をつかみ、後ろへ引いた。
続けて、メバルの肩を押し、マサカゲの背中をつかみ、アオノの腰を抱えるようにして引きずった。ミステーは自分から下がったが、K-Tはその腕もつかんだ。
「走れ」
「分かった」
次の瞬間、庭にいた五人全員が、ほとんど転がるように家の中へ押し込まれた。
カキは玄関の壁に背中からぶつかり、マサカゲは靴箱に肩をぶつけ、アオノは廊下のカーペットの上を滑った。
メバルはリビングのソファに倒れ込んだ。
K-Tだけが、庭との境目に立っている。
「Kさん、乱暴すぎる!」
メバルが起き上がった。
「腕が抜けるかと思った!」
「俺もだ」
マサカゲが肩を押さえる。
「状況は理解している。だが、避難させるなら、もう少し方法があるだろ」
アオノは床に座ったまま、タブレットを確認していた。
「私の膝に軽度の衝撃がありました。歩行に問題はありません」
「そこじゃないよ!」
メバルが叫ぶ。
庭では、開いた金属板と黒い箱が残されている。
K-Tは家の中へ戻った。
「待て。何をする気だ?」
マサカゲが尋ねる。
「確認する」
「一人で?」
「そうだ」
「ダメだ」
「危険かもしれない」
「だから行く」
「理由になってない!」
K-Tは答えず、廊下の奥へ向かった。
自分の部屋へ入り、ドアを閉める。
数秒後、部屋の中から重い金属音が聞こえてきた。
ガシャ。
カキが目を輝かせる。
「何かすごいの出てくるぞ!」
「カキちゃん、楽しそうにしないで!」
メバルが止める。
やがて、玄関のほうから重い足音が聞こえた。
ガシャ。
ガシャ、ガシャ。
廊下の奥から現れたK-Tは、全身を厚い防護服で包んでいた。
頭部には透明な面体のついたヘルメット。
胸部と腕には硬い防護材。
片手には大型の防弾盾。
もう片方の腰には、紫色の鞘に収まった刀を差している。
その姿は、爆破物処理部隊の隊員を思わせるほど本格的だった。
カキが叫ぶ。
「うおおおお! Kさん、かっこいい!」
「そこを褒めるところじゃないよ!」
メバルが言った。
アオノはK-Tの装備をじっと見ている。
「前面装甲は高密度素材。盾は折りたたみ式ですが、展開後の面積が大きい。防護用途に特化しています。腰の刀は――」
「今は分析しなくていい!」
「紫色です」
「色の情報もいらない!」
K-Tは防弾盾を構えた。
「外に出る」
マサカゲが目を見開いた。
「その装備、どこから出した?」
「部屋」
「それは見れば分かる!」
K-Tは玄関へ向かった。
メバルが慌てて後ろから叫ぶ。
「Kさん、絶対に無茶しないで!」
K-Tは振り返った。
「問題ない」
メバルの顔が引きつった。
「その言葉は禁止!」
K-Tは構わず外へ出ていった。
庭に戻ったK-Tは、防弾盾を前に構え、黒い箱から距離を取ってしゃがみ込んだ。
家の中では、五人が窓の内側から様子を見守っている。
カキが窓に張りついた。
「なあ、あれ、本当に爆弾なのかな?」
「カキちゃんが言い出したんでしょ!」
「俺は見たままを言っただけだって」
「見たままで言わないの!」
ミステーが窓の横に立った。
「爆弾は、爆発する前から爆弾の顔をしている」
「そうなの?」
「たぶん」
「たぶんなんだ……」
マサカゲは全員に指示を出した。
「誰も外へ出るな。カキは窓から離れろ。アオノ、監視カメラで周辺を確認。メバルちゃん、連絡の準備を――」
「待って」
アオノがタブレットを見た。
「周辺に不審者はいません。箱から電波も検出されていません」
「それでも、外見があれなら――」
庭で、K-Tが黒い箱に近づいた。
五人が息を呑む。
K-Tは盾を構えたまま、箱の表面を確認する。
側面の円筒形の部品に触れる。
何も起こらない。
上部の赤い線を見て、K-Tは手袋で土を拭った。
黒い表面の下から、白い文字が現れた。
『ちびっこ科学セット』
K-Tは数秒、動かなかった。
そして蓋を開いた。
中には、プラスチック製の部品、色とりどりのゴム片、簡単な説明書が入っていた。
K-Tは箱を閉じ、防弾盾を下ろした。
「おもちゃ」
窓の内側にいた五人は、最初は反応できなかった。
カキが恐る恐る聞く。
「……本当に?」
「おもちゃだ」
「爆発しない?」
「しない」
アオノがタブレットを確認した。
「外装の塗装と部品配置が、玩具として設計されたものと一致します」
「最初から確認すれば分かった可能性があります」
マサカゲが言う。
「でも、最初に確認する前にカキちゃんが『ばくだー』って言ったんだよ」
メバルがカキを見た。
「いや、だって見た目が……」
カキは庭へ出ようとした。
「じゃあ、見せてくれよ!」
メバルが腕をつかむ。
「ダメ」
「もうおもちゃなんだろ?」
「さっき爆弾みたいに騒いで、Kさんに全員まとめて引きずり込まれた人が、すぐ近くで見たいって言っても信用できません」
「でも地下から出てきたんだぞ?」
アオノも近づこうとする。
「私が内部構造を確認します」
「アオノちゃんもダメ!」
「なぜですか」
「今度は勝手に分解しそうだから!」
K-Tが箱を持って家へ戻ってきた。
防護服には庭の土がついている。
「触るな」
カキとアオノへ向けて、K-Tが言った。
「これは玩具です」
「触るな」
「危険性は低いです」
「低いだけだ」
「確率上、問題ありません」
「問題ないかは俺が決める」
メバルはK-T、カキ、アオノを順番に見た。
カキは好奇心で前のめり。
アオノは分解したくてたまらない顔。
K-Tは防護服と防弾盾を装備したまま、まだ警戒を解いていない。
メバルのこめかみがぴくりと動いた。
「……三人とも」
「何?」
「そこから動かないで」
カキが首を傾げる。
「メバルちゃん?」
メバルは倉庫から丈夫なベルトを取り出した。
マサカゲが嫌な予感を覚える。
「メバルちゃん、何をするつもりだ」
「反省してもらうの」
「三人まとめて?」
「三人まとめて」
カキが後ずさる。
「待って! 俺はもう反省してる!」
「してないよね」
「ものすごくしてる!」
「じゃあ、反省しながら吊られてて」
「その理屈はおかしい!」
アオノは、メバルが持ってきたベルトを見た。
「これは、以前機材を固定するために使用していたものです」
「知ってるよ!」
「人間を固定する用途には――」
「分かってるから言わなくていい!」
K-Tは防護服を脱いでいた。
ヘルメットを外し、胸部装甲を外し、手袋を外す。
最後に防護服を脱ぎ、普段の服に戻ると、腰に差していた紫色の刀だけが残った。
メバルが刀へ視線を向ける。
「Kさん、その刀は抜かないでね」
「分かってる」
「本当に?」
「抜かない」
「なら、そこにいて」
K-Tは言われたとおり、その場に立った。
カキが叫ぶ。
「Kさん、助けて!」
「自分で反省しろ」
「冷たい!」
アオノも落ち着いた様子で言った。
「Kさん、これは過剰な処罰です」
「そうだな」
「なら、止めてください」
「メバルが決めた」
「合理的ではありません」
「そうだな」
「同意するなら助けてください」
K-Tは答えなかった。
ほどなくして、リビングの天井に設置された機材用リフトから、丈夫なベルトが垂れ下がった。
最初にカキが吊られた。
「うわ、待って待って待って! 高い高い高い!」
「まだ床から一メートルくらいだよ」
メバルが言う。
「十分高いって!」
次にアオノが吊られた。
「姿勢が不安定です。重心が――」
「はい、動かないでね」
「動くなと言われると、姿勢制御が困難になります」
「アオノちゃん、今は黙ってて!」
最後にK-Tがベルトを装着された。
「Kさんは自分で上がって」
「分かった」
K-Tは素直にリフトへ乗った。
「え、Kさんも自分から吊られるの?」
カキが驚く。
「必要だ」
「必要ないよ!」
三人は、リビングの天井近くから逆さに吊られた。
カキはすぐに大声を出した。
「うわああああ! 頭に血が! メバルちゃーん! 下ろしてー!」
アオノも普段の冷静さを失いかけていた。
「視界が反転しています。体液の偏りを感じます。これは推奨できません。早急に――」
「アオノちゃん、ギャーギャー言わないで!」
メバルが言う。
「私は叫んでいません。状況を報告しています!」
「それをギャーギャーって言うの!」
K-Tは黙っていた。
防護服を脱いだK-Tは、逆さに吊られても表情を変えない。
腰の紫色の刀だけが、重力に従ってわずかに揺れている。
マサカゲが気づいた。
「Kさん、その刀でベルトを切るつもりか?」
K-Tは刀の柄に手を添えた。
「降りる」
「待て。家の中で振り回すなよ」
「振り回さない」
K-Tは紫色の鞘から刀を抜いた。
刃が、淡い紫色の光を反射する。
カキが悲鳴を上げた。
「うわあああ! かっこいいけど怖い!」
「カキ、動くな!」
マサカゲが叫ぶ。
K-Tは逆さのまま、冷静に刀を動かした。
一閃。
ベルトが切れる。
K-Tは落下する前に身体をひねり、片手で床に着地した。刃を鞘へ戻す音が、静かなリビングに響いた。
メバルが目を丸くする。
「……Kさん、今のはかっこいいけど!」
「問題ない」
「そういう問題じゃない!」
K-Tは立ち上がり、刀を腰へ戻した。
「降りた」
「見れば分かるよ!」
カキが慌てて声を上げる。
「俺も! 俺も降ろして! いや、切って! でも落ちるのは嫌!」
「カキ、落ち着け」
K-Tが言う。
「無理だって! 逆さなんだぞ!」
アオノも珍しく声を大きくした。
「Kさん、私も切断をお願いします! この姿勢では記録機器の操作ができません!」
「二人とも、少し待って」
メバルが言う。
「Kさんが安全に――」
「先に切る」
K-Tは二人の下へ歩いた。
「待って! 俺から! 俺からお願い!」
カキが叫ぶ。
K-Tは、カキのベルトへ近づいた。
だが、カキは恐怖で足をばたつかせた。
「動くな」
「動いちゃうって!」
K-Tはカキの足を片手で押さえた。
そして、もう一方の手で刀を抜く。
「ギャー!」
「まだ切ってないよ!」
「抜いただけで怖いんだよ!」
K-Tはカキのベルトを切った。
カキは頭から落ちた。
「ぎゃあああああああああ!」
どすん、と床に落ちる。
カキは床に転がったまま頭を抱えた。
「頭から落ちた! 頭から落ちたぞ!」
「だから動くなと言った」
「それでも頭から落ちたんだって!」
メバルが駆け寄る。
「大丈夫? 痛いところは?」
「頭! あと心!」
「心は大丈夫そうだね」
続いてアオノのベルトが切られた。
アオノも、当然のように頭から落下した。
「ギャー!」
普段のアオノからは、ほとんど聞かない声だった。
どすん。
「……頭部に衝撃。首に違和感。ですが、歩行は可能です」
アオノは床に転がったまま、すぐにタブレットを探した。
「アオノちゃんも叫んだよね」
メバルが言う。
「声量が上昇しただけです」
「ギャーって言ってたよ」
「緊急警告音です」
「自分の声を警告音にしないで!」
マサカゲは床に落ちた二人を見て、深いため息をついた。
「Kさんは、もっと安全に下ろせなかったのか?」
「切った」
「切った結果、二人とも頭から落ちたんだが」
「二人が動いた」
カキが頭を押さえながら抗議する。
「俺は動かされたんだよ!」
アオノも床から起き上がる。
「私は指示どおり姿勢を維持していました」
「でも、落下前に手を広げていただろ」
K-Tが言う。
アオノは黙った。
「……反射的な動作です」
「動いた」
「しかし、Kさんも刀を使わずに――」
「二人とも、もういいよ!」
メバルが両手を広げた。
「今日は三人とも禁止!」
カキが青ざめる。
「何が?」
「庭の穴に近づくの禁止。おもちゃに触るの禁止。勝手に装備を出すの禁止。天井から吊られるのも禁止!」
「最後のは俺が決めたんじゃない!」
「じゃあ、もう吊られないこと!」
「それは守る!」
K-Tは刀を鞘へ戻した。
メバルがすぐに近づく。
「Kさん」
「何だ」
「今の脱出は、すごくかっこよかったけど」
「そうか」
「次からは、もっと普通に助けて」
「普通とは?」
「ベルトを切る前に、クッションを敷くとか、ゆっくり下ろすとか!」
「分かった」
「本当に?」
「次はそうする」
カキが床から手を上げる。
「次があるのか?」
「ない!」
メバルが即答した。
庭に残された黒い箱は、マサカゲとアオノが慎重に回収した。
箱の側面には、確かに『ちびっこ科学セット』と書かれている。
爆弾ではなかった。
しかし、その下に空洞があることは変わらない。
K-Tは庭の穴を見ながら、短く言った。
「明日、調べる」
「安全確認をしてからね」
メバルが念を押す。
「分かった」
「カキちゃんは、スコップを持たない」
「はい」
「アオノちゃんは、勝手に分解しない」
「善処します」
「Kさんは、防護服と盾と刀を、必要もなく持ち出さない」
K-Tは少し考えた。
「必要なら使う」
「必要かどうかは、私たちで確認するの!」
「分かった」
その返事に、メバルはようやく息を吐いた。
だが、カキはすでに庭の穴を見ていた。
「なあ、地下の奥にまだ何かあると思うか?」
ミステーが静かに答える。
「空洞は、空洞だけでは終わらない」
マサカゲがすぐに言った。
「その言葉を聞いた時点で、今日は調査終了だ」
「えー!」
「頭から落ちたばかりだろ」
カキは頭を押さえた。
「それでも気になる!」
アオノも庭の穴を見ている。
「地下構造の記録は必要です」
K-Tは何も言わない。
ただ、庭の土の下からかすかに伝わる振動を聞いていた。
箱はおもちゃだった。
爆発もしなかった。
けれど、地下に何かが残っている。
そして次の朝、六人はその正体を確かめることになる。
ただし、メバルはスコップを一本も渡さないつもりだった。
コメント
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第9話、めっちゃ面白かった!!カキの「ばくだー」であの大騒動、からのおもちゃオチで爆笑した😂💕 Kさんの防護服&刀かっこよすぎてキュン死にしかけた…でも最後にまさかのメバルちゃんによる逆さ吊り処刑でまた笑わせてもらった(笑)地下にまだ何かありそうで続きがめっちゃ気になる!次回も楽しみにしてるよ〜⋆♡