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任務で無茶をするngと踏み込みきれないgnの話
視点はng→最後にgn
…
夜明け前の空は、墨に水を垂らしたような青に沈んでいた。
霧のかかった廃工場の前で、ひとり装備の確認を終える。
背負った刀は傷だらけで、柄の巻き革には細いほつれが走っていた。
それは最近の戦闘がどれほど激しかったかを雄弁に物語っている。
「……また単独で行く気?」
背後から声。振り返らずとも誰かは分かる。
柔らかい声の奥に、張り詰めた棘のような焦りがある。
長尾は短く息を吐き、肩越しに返した。
「索敵だけ。危険なとこまでは踏み込まないからさ」
「はぁ…その言葉、何回聞いたか覚えてる?」
弦月が歩み寄る足音は迷いがちだった。
止めたいのに止められない――そんな距離感が足音だけで伝わる。
俺は苦笑を浮かべた。わかっている。
いつだって無茶をするのは自分で、それに手を伸ばす藤士郎の手を振りほどいたのも自分だ。
祓魔機関の隊長として先頭に立たなければならない。
誰かが傷つくくらいなら、自分が傷を負ったほうがいい。
そんな考えが骨に染み付いている。良くないとはわかっているが。
「大丈夫。今日はそんなに深追いしない」
「言い訳に聞こえる。……景くん、疲れてるでしょ?」
答えられなかった。否定すれば嘘になる。肯定すれば余計な心配をかける。
沈黙が霧の中に落ちた。藤士郎は一歩近づき、景の背中に伸ばしかけた手をためらい、そのまま空中で止めた。
触れたい、止めたい、なのに触れられない。その気配だけで胸がざらつくのを感じた。
「僕は…支えになりたい。無茶をして倒れる景くんを見たくない」
その声は静かだったが、震えを含んでいた。
景は斜めに視線を落とし、小さく笑った。自嘲のようで、それでもどこか温度があった。
「支えられてばかりじゃ格好つかないだろ。俺は隊長だ」
「隊長でも人間だよ。息抜きくらいしたっていい」
その言葉に心が揺れた。けれど、表情は変わらない。
任務先の方角へ向き直ると、夜明け前の冷たい風が頬を撫でていく。
霧の奥では敵の影が動いたような気配がした。視線の先にある危険は明白だ。
だが、俺の足は一歩踏み出そうとしていた。
「藤士郎。戻るまで監視頼む。通信は開いておく」
「……景くん」
低く呼ばれる名前。引き止める言葉を探しているのに、それを言葉にできない苦しさが滲む。
俺はそのまま歩き出した。背中に刺さる視線が、痛いほど熱い。
藤士郎が何度も息を呑み、結局かけたのはたった一言だけだった。
「――無事で帰れ」
俺は振り返れなかった。振り返れば、その言葉の重さが歩みを止めてしまいそうで。
無茶だとわかっている。限界が近いのも、彼の視線が告げていた。
それでも前に進むしかない。仲間を守り、任務を果たす。
そのために自分はここにいる。そう言い聞かせながら、霧の中に溶けていった。
背後で、藤士郎が小さく息を吐く音がした。
届かない手を握りしめる気配。声しか掛けられない無力感と、それでも信じ続けたい思いが混ざり合っている。
…
通信から微かに俺の呼吸音が届く、それだけが唯一の距離だった。
霧が深まり、景くんの姿は完全に見えなくなった。
僕は空を仰いだ。夜明け前の青の中、願うように呟く。
「ちゃんと帰ってきてね、景くん。僕はここで待ってる」
その声は荒んだ空気に溶け、静かに消えていった。