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第四章
痛む心、醜い嫉妬
「久しぶりだな、蒼央」
「お久しぶりです、大翔さん」
大翔から連絡を受けた二週間後の週末、都内にあるスタジオで撮影を終えた千鶴と蒼央は待ち合わせ場所である高級料亭に辿り着くと個室へと案内され、先に着いていた大翔と挨拶を交わす。
「キミが千鶴ちゃんか、初めまして、久保田 大翔です」
「こちらこそ初めまして。遊佐 千鶴です」
先に名前を名乗った大翔に続いて千鶴も名を名乗る。
大翔は現在三十五歳。
黒色短髪に少し日焼けした肌とTシャツから覗く筋肉質な腕に目鼻立ちも整う彼は、筋肉イケメンといったところだろう。
明るく爽やか笑顔を見せるところなど、蒼央とは対照的な性格の持ち主だと分かる。
カメラマンとして雑誌やメディアにも顔を見せる事も多々あり異性からの人気も高いのだが、本人は束縛される事を嫌い、結婚はおろかもう長い間恋人すらいない。
蒼央とは七歳差で、蒼央が売れて独り立ちした頃に大翔は海外へ渡り、それ以降二人は師匠と弟子というよりも兄弟のような間柄。
お互いマメに連絡を取るタイプでは無い為近況報告などもしないけれど、大翔が帰国する機会がある時は短い時間でも必ず顔を合わせていた。
ただ、ここ数年は仕事が忙しく、大翔が帰国したのは二年ぶり。
久しぶりの再会とあって蒼央も嬉しそうな表情を浮かべていた。
料理や飲み物が運ばれて来ると、大翔と蒼央はビールのジョッキを、千鶴はウーロン茶の入ったグラスを手に乾杯をする。
蒼央の師匠とあって初めこそ少し緊張していた千鶴だけど、一番年上でもあり、明るい性格の大翔が話題を振ってくれていたお陰か、暫くすると千鶴にも自然と笑顔が浮かぶようになっていた。
食事を始めてから一時間と少し経った頃、
「すみません、社長から電話が掛かって来たので、少し失礼します」
佐伯から連絡があったとスマホを手にした蒼央は個室を出て行く。
部屋に残された千鶴は今がチャンスだと思うもなかなか切り出せない。
「しかし、蒼央は変わったな」
「そうなんですか?」
「ああ、アイツは俺と同じで、自分のペースで仕事を貰ってこなすタイプだったからずっとフリーでやってたのに、今じゃ千鶴ちゃんの為に事務所に所属してるんだから、驚くよ、本当に」
大翔の言葉は千鶴にとって嬉しいもの。
自分が『特別』だと再確認出来るから。
きっと、アルバムの写真の女性を見なければ、嬉しい感情だけで完結していたのだろうけれど、女性の存在を知ってからというもの、自分だけが蒼央の『特別』では無い気がする千鶴は、もしかしたら自分はあの女性の代わりか何かなのではないかと思ってしまう。
そんな中、
「それにしても、千鶴ちゃん、キミは羽音によく似ているね」
良い具合に酔いが回っている大翔の口から初めて聞く名前が出てきたのを千鶴は聞き逃さなかった。
「あの、ハノンさん……って、どなたなんですか?」
「ん? ああ、羽音って言うのは――っと、ごめんね、クライアントからの電話が掛かってきたから、ちょっと失礼するね」
そして千鶴が『ハノン』とは誰の事なのかを問い掛けるも、タイミング悪く大翔のスマホにも着信が入り、ちょうど戻って来た蒼央と入れ違いに部屋を出て行ってしまった。