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能力を使用し、最下層から広場に飛んだ。
転送の能力は自分自身にも使える。現に、俺は自分に能力を使用し花芽から逃げた。
だが、花芽の移動速度もかなり速く、おそらくは一度の転送で撒けないだろう。
……”代償まで、あと4回”。
それまでに俺は花芽を撒かないと……。
頭痛が酷くなっている。
この痛みのせいで、転送先ではあまり動き回れない。
というかダッシュも出来ないのではないだろうか。
追いつかれそうになった時、とっさに能力を使うスキルは、当然今の俺にはない。
足音が聞こえる。
すぐそこまで来ている。
「……逃げるんですね」
「僕の場所が分かるんすか?」
「貴方が逃げれないように色々ありますよ」「……なるほど」
「貴方の能力が戦闘向きではないと分かってはいましたが、逃げることに使うとは思いませんでしたよ。私のサーチ力不足でしたね」
”代償まで、あと3回”。
そろそろ本格的にどうやって逃げるか考えるべきだ。
GPS的なあれがついているのかもしれない。だとすると、逃げ切るのは不可能だろう。
花芽の方を今回は飛ばしたが、どうせすぐに追いつかれる。
とはいえ動けない。自分の体調が腹立たしい。
……あいつを呼ぶ時が来たのか?
「逃げるのは不可能なことだといい加減気付きませんか?」
「気づいてはいるっすけど、戦うよりはましかなと」
「そうですか。まぁそうかもしれませんね。……そろそろ代償が近いのでは?」
「……さぁ?」
「あと3回ですよね」
「……」
「決めに来たらどうですか?今の貴方では勝てないでしょう」
「僕からは彼がどんなやつなのか分からないから、なんとも言えないっすね」
「少なくとも、今のあなたよりは強いですよ。いや、その何倍かも知れません。上が作った戦闘用のロボコンなんですし」
「じゃあなんで上に非協力的になるんすかね」
「それが分からないから削除依頼を受けています」
「誰からっすか?」
「……私の、好きな人です」「あー……」
「てか、僕の事攻撃したらどうですか?」
「貴方に関しては削除依頼を受けていないので。あくまでemptyです」
「じゃあ5回をさっさと使い切らせたい訳っすね」
「はい。本当に無駄な時間です、お互いに。早く決着をつけませんか」
「僕はこれで最期になる可能性があるし、もう少し心の準備をしたいっすけど」
「なるほど、しかしそれこそ無駄です」
「このままだと……emptyを応援できなそうなんで。貴方が勝ってほしいと思っている自分がどこかにいるっす」
「何故?」
「なんか……どうでもよくなってきました。色々考えてたんすけど」
「やけに謙虚ですね。やはりあなたはつまらない、”さっさとemptyを出せ”……出してくれませんか?」
「せかさないでください。もう……」
俺がここから生き残れるかどうかは、実は保証できない。
俺とemptyはあくまで別人。
だからemptyが死んだら俺も死ぬことはないと思う。
でも、”emptyは俺の代償がないと存在できない”から、道連れされる可能性が無くはない。
これで苦痛なく最期を迎える可能性も見えてきた。
「速く決めてください。どうするんですか?」
特出した技能もないまま産まれた。
まれにある人間から人外が生まれる現象により、人間の一家に産まれたせいで、人間と同じような価値観を持てた。
そのせいで種族によって他人に従わないと生きていけないのを疑ってしまった。
天神様の前の主様にはそれで反発し、結果酷い目に。
”酷い目”というのは比喩表現じゃなく、本当にけられたりなぐられたりで、目が白くなった。
そこからいいことが一切起こらなくなった。
当然目が見えないわけだから、まともに働けるわけもなく、前の主様からは即刻クビにされた。
目の機能自体が壊れているチックなのか、光なども感じられず、捨てられた山のような場所から動けずにいた。
真っ暗な空間を彷徨っているせいか、天神様に出会った時、初めて光を感じたような気がした。
拾われてからは必死に働いた。
目のせいで健常者よりは働けなかったものの、自分でもできる仕事はたくさんやった。
そして、従者の中でもそこそこの地位に就いたある日の事だった。
一人の男が天神邸に訪ねて来た。
声が嫌に優しく、変に勘ぐってしまうような、もう少し言えば詐欺師みたいな音質の奴だった。
その頃、主様や他の従者は居らず丁度俺だけがいる状態だった。
俺が応対に出てきたとき、男は心底嬉しそうだった。
そして、男は決して他人に口外しないようにと入念に頼み込んで、館には誰もいないと分かっているのにとても小さい音量でこう言った。
「君の視力を回復させる方法がある」と。
……あの誘いに乗らなければ。あんなカモにならなければ。
俺は、いや”みんなは”。
「お疲れ様。お前は自分に責任を感じすぎだ。もっとお前は他人に責任を押し付けろ。お前には最高の……”別人”がいる」
その声で、一気に現実に引き戻された。
誰の声か知らない、始めて聞いたような、遠い昔に聞いたことがあるような、そんな声だ。
どこか暗くどこか明るい。
流石に幻聴でも聞こえて来たのかと思ったが、花芽もその声に反応した。
「……前々から貴方の代償の話は聞いていましたが、そうなるんですか」
「え、貴方にもこの声聞こえるんすか」
「ええ、ばっちり聞こえますよ。最高の別人、ですか。面白い」
「……とはいえ」
「何を悩んでるんですか。別人にも応援されているんですよ」
「……これが最善手だとは思えないっすけどね。……3回溜めて使います」
「お、使って下さるんですか」
「はい。……では、emptyによろしく」
能力3回分を使用し、特段なんでもないような位置に二人を飛ばした。
何の意味もない行動だ。
ただ、なんとなく広い場所で戦いたいだろうという気持ちで、デッキの方に飛ばした。
3回分使い終わった時、普段とは違う映像が脳裏に映った。
あの能力を渡されたときだろうか、いや、俺はemptyに会えないはずだから。
では今俺が見ているこの映像は夢か。
夢。そういえば、夢なんて全然見てない。
2時間睡眠で見れる夢なんてせいぜいアニメ一本分だ。
じゃあこれは俺の……願望だろうか。
初めての外見。
栗色の毛に、白衣を身にまとい、年齢が予測できないほど人間離れした容貌をしている。
頭に民族衣装のような帽子を着けていて、笑顔でこちらに駆け寄ってきた。
ガチャンという音で、自分と肩がぶつかったのに気づいて、あいつはロボットなのかとなんとなく察した。
俺が知っているロボットなんてemptyくらいしかいない。
empty。そうか、あの声もあいつか。
じゃあ、俺の脳内にまで侵入してきたのか。
……流石は上の技術力だ。
でも俺は知りたかった。せめて、あいつが、
どんな理由で俺に再び光を与えたのか。
*
彼の、目が見えると言って喜んでいた顔が今でも脳裏によぎる。
あの子は果たして俺の事を覚えているのだろうか。
覚えていたとしたら、あの子は本当に嘘が得意ないい子だ。
いい子というのも、ただ単に人の話を聞ける奴だ。
そんなの、根が嫌なやつでもできる……いや、根が嫌な奴じゃないとできない。
でも俺は知っている。
あの子は本当は、
正真正銘の悪ガキなんだ。
「よー、花芽ちゃん。何年ぶりさね」
「empty。やっと代わりましたか。諦めの悪い人がいたものですね」
「あの子らしいよ。偽物を追っているというより、心のどこかで本物の代わりになってくれる奴を探してるんだ」
「いい話風にするのはよしてくれませんか。あくまでただの従者ですよ」
「……せめて可哀そうなを入れてやれ」
「それほどですかね?まぁそうですか。……では、時間が押しているので」
花芽は機械的にナイフを取り出し、そのナイフを何倍にもした本数で襲い掛かってくる。
ここが正念場か。それはそれとして、テレポートだけで戦うのは無茶だな。
使うか、俺の第二能力。
ナイフの一本に芯があると思え。
素材の一つ一つに。
光沢が現れる箇所、現れない箇所。
それらすべてに、一つの芯がある。
その芯が向かう先に、ゆっくりと、かつしっかりとした大きな壁を建設するように。
「”進みを妨害する能力”」
花芽が放つナイフは、透明な壁に阻まれているかのように止まり、やがて地面に落ちる。
俺の能力は、文字通り進む力を阻む能力だ。
進むというのもとても解釈を拡大でき、歩く、走る以外にも、呼吸にも、音にも、光にも進むという概念を当てはめられる。
無論、花芽のナイフも、花芽自身も、俺を仕留めるために動いていたから、
それらすべての進みは阻まれる。
端的に言えば、時間停止だ。
俺は、敵の面前でナイフを取り出した。
人間を切るために作られたナイフを。
人間を殺すために作られたプログラムで。
「じゃあね、花芽ちゃん」
その時、何か冷たい物が当たった。
ナイフが擦れ、会う音が聞こえた。
ナイフたちははじめましての挨拶を済ませたよと言わんばかりに、俺達の体に戻ってきた。
そう、”俺達の体に戻ってきた”。
全ての運命は、この瞬間に決まった。