コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
折西は昴に雑務を貰い、その雑務の
資料をまとめていた。
「…相変わらずすごい量でしたね…」
押し付けられたに等しい資料まとめ作業は
ようやく夕方に差し掛かった辺りで無事終えた。
「働き始めの人に渡す量じゃないよね…」
チェック作業をしてくれたお姉さんが
いなければこの作業は2日は
かかっていたであろう。
折西はお姉さんに心の底から感謝した。
すると、タイミング良く誰かが
部屋のドアをノックする。
軽やかな音から察するに紅釈ではない。
「?はーい」
「おじゃまします。」
入ってきたのは弁護士の
東尾(ひがしお)だった。
「あ、東尾さん…!どうかされましたか?」
「折西くんがちゃんと仕事終わらせたか
見に来たんです、昴に頼まれてね。」
終始にこやかな表情をする不気味さに
戸惑いつつも完成した資料を東尾に見せる。
「うんうん…ミスとかは無さそうですね。」
そう言うと東尾は「資料を預かりますね。」と
完成した資料をきちっと揃え受け取り、
ドアノブに手をかける。
「あ、そういえば。」
思い出した、と言わんばかりにピタリと
ドア前で止まり、折西の方を振り返る。
「中華店…気になりません?」
「…中華店…?あっ」
そういえば紅釈は行きたがらなくて
行くタイミングを失ってたなと気づく。
「い、行ってみたいです!!!」
「それなら良かった、今晩一緒に
行きましょうか。資料すぐ渡してきますね。」
東尾は折西に部屋で待つように伝え、
部屋を後にした。
・・・
折西と東尾は2人で街中を歩く。
「…けどどうして僕が中華店に
行きたがってた事が分かったんですか?」
「実は紅釈から任務後に話してくれたんです、
折西さんが中華店に行きたがっていると。」
「なるほど…!」
「紅釈は辛いもの苦手ですからねぇ…
なんなら彼は匂いですら辛いものは苦手です。」
紅釈が中華店に行きたがらないのは火だけ
ではなく単に辛いもの嫌いもあったのだろう。
「だからデザートに誘っても
嫌がったんですね…!」
「…これだけが理由では無い気も
するのですが。」
東尾はまた不気味な笑みを浮かべた。
「さあ、着きましたよ。」
東尾が差し出した手の先には
中華店の【華】があった。
2人は中に入るとチリン…と良い音が鳴った。
・・・
お二人様ですね、と店員が言うと
2人席に案内してくれた。
折西がテーブルにかけてあった
メニュー表とにらめっこしていると
東尾はふふ、と笑っていた。
「…どうしたんですか?」
きょとんとする折西を見てまた笑い始める。
「ふふっ、そんなに焦らず選んでください。
お料理は逃げませんよ。」
「も、もう!焦ってないですよ!」
折西は小馬鹿にされたように感じ、
ムスッとする。
「ごめんなさい、なんか子どもを
見ているようで…親心みたいなものです。」
「…僕はあなたの子どもじゃないですよ…
あっ、僕これがいいです!」
折西は麻婆豆腐の定食セットを指さす。
デザートの豆花(トウファ)がついてくるらしい。
「ふふ、それでは私はこれにします。」
東尾はメニュー表の小籠包と
チャーハンを指さす。
東尾は店員を呼び、注文するのだった。
・・・
「茹さんと焼さんとは最近どうですか?」
「旅館の再建が上手くいってるらしいですよ!
女性のお客様が多いのだとか…」
「在多川家の人達は美人ですもんね…」
「けれど何故お二人は紅釈さんを殺そうと
しないのでしょうか…?」
「紅釈に助けて貰った身分というのも
ありますし…中々手を出せないのでは?」
「そうとはいえ、大事な兄弟を二人も
殺されてるんです…復讐目的で紅釈さんを
殺しにくるかも…」
折西は茹や焼が復讐の目で紅釈を
見ていたことを思い出し、俯く。
「…もしかしたら復讐が殺害以外のなにかに
変わったのかもしれませんね。良くない方向に
変わらなければいいのですが…」
今後も二人の動きに警戒してた方が
良いでしょうね。
と東尾は真剣な顔をする。
「お待たせしました!」
店員がテーブルの上に料理を置き始める。
「お、美味しそう…!」
「重たい話は置いといて、美味しい料理でも。」
二人は料理に手を合わせ、料理を口に運ぶ。
「美味しい…!」
折西の持つスプーンは1さじ、また1さじと
止まることなく口の中に運ばれる。
ピリッと程よく舌を刺激する唐辛子に
まろやかな口当たりの豆腐がよく合う。
そのまま食べ続けた折西はふと視線が
気になり顔を上げる。
「…東尾さん?」
「…あっ、すみませんね。なんだか
美味しそうに食べるなって。」
東尾はそう言って自分もチャーハンを口にする。
「…美味しい!折西さんも良ければどうぞ。」
スプーンでチャーハンをすくって
折西の目の前に持ってくる。
折西はぱくり、と1口頬張った。
「…本場のパラパラチャーハンです!」
「ふふっ、家で作ると中々パラパラに
ならないですよね。」
確かに、と折西は思う。
家で作るチャーハンはどうも
ねっとりとしているのだ。火力の問題だろうか?
悶々と思考を巡らせている時だった。
「ところで、折西さんは本来の
性格ってありますか?」
東尾から唐突に質問される。
その表情はどこか真剣だ。
「せ、性格?」
「すみません、食事中に突然。」
東尾はごほん、と咳払いし話を続ける。
「折西さん、ほぼ初対面の私が食事に
誘った時に疑いもせずにすんなり
受け入れましたよね?何か裏があるのではと。」
「う、裏…?」
まさか鍵開けがバレたのだろうか?
折西の冷や汗は止まらない。
「影街に来る人間は皆何かしら自己を
守るために人を警戒するんですよ、普通はね。」
「もしあなたみたいな優しい方が
いらっしゃれば影街では高確率で
カモにされて死にます。」
「あなたが今まで生きてこれた原因を
考えるなら世渡りの上手い他の人格がいるはず。
旅館での計画に立ち会ったなら尚更!」
東尾はテーブル越しに折西の肩を掴む。
折西は強い力に驚きつつも心当たりの
ない話にキョトンとする。
もし自分にそんな別人格がいたら…
「そ、そんな人格がいれば多分クビに
なって…ないと…」
元会社を思い出し、みるみるうちに悲しい顔に
なる折西をみて東尾はハッとして手を離す。
「申し訳ございません。職業柄つい…」
ごほん、と再度咳払いをした東尾は
椅子に座り直す。
「いえ、大丈夫です…東尾さんって
弁護士さんですもんね。
色々聞きたくなるのかもしれないですし…」
東尾は弁護士だ。
入ってきたばかりの人間の情報に
興味を示すのは仕方がないことなのだろう。
東尾の顔をチラッと見てみると
張り付いたような不気味な笑顔をしていた。
この不気味な笑顔も職業柄…なのだろうか?
そんなことを聞けるはずもないので
他に東尾の事で気になっていることがないか
必死に頭をフル回転させた。
「…そういえば。」
折西はあることを思い出した。
影街には法がないということだ。
つまり弁護士が立つ場所がない。
「…話は変わるのですが、影街で弁護士を
されているんですか?影街は法律が
存在しないって聞いたのですが…」
「いえ、会社を影街に置いて光街で
働いていますよ。」
東尾は首を横に振った。
「ええっ!?それって色々と不都合では?
東尾さんは光街に適合できそうな人なのに…」
折西は自分なんかより仕事が出来て
コミュニケーション能力に優れている
東尾が影街にいるのが不思議だった。
「私は元々無戸籍ですからね。
影街でしか戸籍が作れなかったんです。」
意外とそういう方はいらっしゃいますよ?
と東尾は笑う。
どうやら東尾が言うには
影街にも戸籍の概念があるらしい。
しかも光街より規制が緩いため
簡単に戸籍が作れるという。
そして東尾を含む他の従業員は影國会の
事務所に住所を置いているそうだ。
だが従業員が住まう影國会の本拠地に
住所を置くのではなく、組長が本拠地とは
別に保有している表向きの事務所に
みんなの住所があるとの事だった。
本拠地ではなく表向きの事務所に住所を
置いているのは従業員の安全面を
考えての事らしい。
表向きの事務所を本拠地と偽っているのが
周囲にバレないのかと東尾に聞いたところ、
東尾の能力で表向きの事務所が本拠地であると
周囲に洗脳をかけているのだとこっそり
教えてくれた。
「なるほど、戸籍の問題とかも
あるんですね…」
「戸籍がないとそもそも学校にすら
入れませんから。」
弁護士になるために当時は勉強より戸籍を
手にすることに必死でしたよ。と東尾は語った。
「東尾さんってどうして弁護士になろうと
思ったんですか?」
「罪は扱いを間違えれば誰も
幸せになれないからです。」
東尾は口の前で両手を組む。
「…例え話をしましょうか。
折西さんの大切な方はどなたですか?」
唐突に始まる例え話に折西は
きょとんとした。
「え、えっと…おばあちゃん…」
東尾は目を瞑る。
「あなたのお祖母様がAという方に
殺されたとしましょう。
Aは他に罪を重ねており死刑になりました。」
「この対応にどう思いますか?」
東尾は目線を折西にあわせた。
「…なんか…モヤっとします…」
折西のなんとも言えない表情を見た東尾は
組んでいた両手をそっと離した。
「…そう、それです。罪の意識の無いまま
死なれては心から納得出来ませんよね。」
「けれどAのような人間が更生したとして
一般社会に放たれるのもそれはそれで
被害者は不安ですよね?」
「罪の償い方を間違えば誰も幸せに
なれないんです。」
「…東尾さん」
東尾の目元には力が入っていた。
「…とまあ、こんな感じですかね。
動機に乏しくて申し訳ありません。」
東尾はさてと、と言い
冷めた小籠包に手をつけ、あっという間に
平らげた。
「食べ終わったことですし、
そろそろ帰りましょうか。」
東尾は会計札と財布を持って会計に行く。
「お、お会計は僕が…」
折西が後を追うと東尾は振り返り
「いえ、これは情報代…ということで。」
そう言って東尾は店員さんに
お金を渡すのだった。