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東尾は頻繁では無いものの折西を
食事に誘うことがあった。
とはいえ影街だけだと店が限られるので
たまに光街に行くこともあった。
意外にも指名手配されているのは
うっかり光街で暗殺をしてしまった
紅釈さんだけらしい。
だから基本的には他の従業員は光街に
戸籍を置けないが少し光街に出る分には
大丈夫なのだという。
・・・
折西は今日も資料を作っていた。
次回からは東尾の手を借りるなと昴に
口酸っぱく言われた。
そして昴は【クソ猿でもわかるマニュアル】
という折西を煽るために存在するような
マニュアルを渡し、それに沿って折西は
仕事をしていた。
「こ、このマニュアル…図なんて
優しいものがない!全部文字!!!」
マニュアルを見てお姉さんは驚愕していた。
そんなお姉さんを横に折西は半泣きになりながら
ようやく仕事を終わらせた。
時計を見ると夜7時になっていた。
…開始時間は朝5時だ。
折西は急いで資料を提出したが案の定
ミスが多く再提出を食らった。
昴から数多の煽り言葉を浴び、
しょんぼりしていると渡り廊下で
東尾と偶然居合わせた。
「あ、ちょうど良かった。」
折西を労わってなのか、それとも
単純に一緒に食事に行きたかっただけなのか。
東尾はご飯に行こう!と連れていった。
・・・
たどり着いたのは森の中に
ある甘味処と少し離れた場所にある
お食事処【明道の空(みょうどうのそら)】
だった。
店内に入った2人は椅子に腰かけ、即座に
注文をし、テーブルに置かれたものを食べる。
「今日は忙しくてお食事出来なかったんです。」
コーンスープをスッと口にし、嚥下した後
東尾はそう言った。
「そうなんですね…」
長時間ある仕事を完璧にこなしている辺り
東尾は本当に仕事のできる人なんだろう。
いや、一日中働いてこの涼しい顔なのは
人在らざる者のような気がするが。
折西は鮭のムニエルを頬張りながら
口をむぐむぐとさせ、思考する。
バターと鮭の相性は何故こんなにも
いいのだろう。
上のバジルがキリッと味を引き立たせる。
折西は少し東尾の事が羨ましく感じた。
「それにしても、よくこんな時間まで
空いているお店を見つけましたね…」
ここに着いた頃には既に夜の9時になっていた。
「いえ、本日は私の我儘で夜遅くまで
お仕事してくださってるんです。」
「我儘だなんて、一つも思っておりませんよ。」
若い女性の店員さんと同い年くらいの
男性の店員さんが小鉢を差し出す。
「これは私らからのサービスです。」
小鉢の中にはポテトサラダが入っている。
「ここのポテトサラダ、美味しいので是非。」
折西は東尾に促されるがままに
ポテトサラダを口にする。
「…んん〜!!!」
じゃがいものホクホク感とマヨネーズの酸味が
疲れた身体を癒す。
店員さんは二人顔を見合わせて
顔をほころばせる。
「お2人のお料理すごく美味しいから
もっと沢山お店を作っても良さそう…」
折西がぽつりと言うと女性の店員さんは
悲しそうに笑った。
「そう言っていただけて嬉しい限りです…
ですが店舗は他に作りたくないんです。」
「明道の梅。この名前は私たちの間に
生まれるはずだった子どもの【梅】
という名前が入っているんです。」
女性は話を続ける。
「…流産でした。だから亡くなった梅が
行き着く先が明るい道だったらいいなって。
梅への応援も兼ねて、この名前で経営して
繁盛するのが夢だったんです。」
男性が持ってきたのは直撮りしたであろう
エコー写真だった。
男性は小さくて可愛いでしょう?と
優しい笑みを浮かべた。
横には女性の店員さんらしき人がおり、
写真は少しブレていた。
「結果努力の甲斐あって光街に店を置いて
大繁盛して沢山のお客様に恵まれて
すごく幸せでした。」
「…だけど私らの店で殺人事件が起きてから
お客様が来なくなりました。
それだけなら仕方がないで終わった話です。」
男性は折西たちから目をそらしながら話す。
「明道の梅という店はいつしか殺人鬼のいる
呪いの店と呼ばれるようになったんです。」
「私たちは人を殺してません。
大切なお客様にそんなことは絶対!」
女性の嘆きは店中に響き渡った。
「…なのに誰も私たちを信じてくれる人など
光街にいませんでした。殺人犯は私たち
だろうと決めつけるばかりで。」
「…切羽詰まった私らは心中しようと首を
吊ろうとしました。そのタイミングで
出会ったのが弁護士の東尾さんなんです。」
「東尾さんは殺人事件が会った時に店に
来られて、情報を持っているから
裁判に勝てるかもしれないと。
そう仰ったんです。」
「結果勝訴しました。その後も光街に
居場所のない私らに影街でも比較的安全な
森の中に住所を置く手伝いまで
してくださって…」
「さらにお客様まで呼び込んで
くださっているんです。」
「…光街の人間を信用出来ないので
店舗の拡大は出来ませんが、
今の私らは十分幸せなんです。」
「…すみません、何も考えもせずに僕は…」
折西が俯く。
「お、お客様は全く悪くありません!
幸せそうに料理を頬張り、感謝を言葉に
する方に罪はありません!!」
「私らの店を高く評価してくださっている
のがこちらにも伝わっておりますので
どうかお顔をお上げください…!」
2人は慌てて折西のフォローに入る。
「…東尾さんは本当に凄い方です。
救いの手を差し伸べることが出来る。
僕も仕事をしっかりこなせたら
たくさんの方を救えるんですかね…?」
折西は自分の力で仕事をこなせる東尾を見て
自分の無能さに不甲斐なさを感じた。
「折西さんは、私なんかよりずっと…」
東尾はぽつり、と呟いた。
「東尾さん?」
聞き取れなかった折西が聞き返す。
「…とにかく、折西さんはもっと自信を
持ってください。意外と出来てる事って
沢山ありますよ。」
「あ、ありがとうございます…」
少し頬を赤らめる折西を見て東尾は
ふふ、と笑った。
「私の言葉で元気になれたのなら
良かったです。」
東尾の今の笑顔はいつもの不気味さの中に
どこか優しさを感じた。
そんなどことなく柔らかい雰囲気に
水をさすように近くに置いてあった
分厚い本がいきなり宙に現れた。
「…東尾。」
「オアッ!!!!!!」
いきなり現れた喋る本に驚き、
折西の心臓は跳ね上がった。
「驚かせてすみません、私のファージです。
エモーショナルファージ…私は
エモと勝手に呼んでます。」
「…ぬ、こいつが折西か?」
「よ、よろしくお願いします…!」
折西はぺこりと頭を下げるとエモも
頭?を下げた。
「エモは感情を弁護力やコミュニケーション
能力に変えるんです。」
東尾の左手の平にエモは本の背を乗せた。
「たまにキャパオーバーするがな。」
「キャパオーバー?」
「所謂代償を消化しきれない状態だ。」
「現在の契約のままだと東尾の使える代償に
上限がある。その上限を越すと
【キャパオーバー】が発生し代償が
一定時間使えなくなる。」
「え、えっと…?つまり…?」
「…簡略化すると。
東尾の感情がむき出しになる。」
「…それって、東尾さんは元々
感情的…ってことです…?」
「え、エモ…この話は」
東尾はエモを止めようと
人差し指を口の前に持っていく。
「情に厚く、短気な頭脳派ゴリラの弁護士だ。」
「う、うわああ!!!!!」
東尾は焦って折西の耳を塞ごうと
耳に手を当てようとしたが勢い余って
殴るに近い平手の挟み撃ちをしてしまった。
「アッ!!!!!!!!」
折西は鼓膜が破れ、脳がクラクラし、
その場に倒れ込む。
女性の店員さんはオロオロし、
男性の店員さんはどこかお客様を
昴さんの所に!!!と担架をもってきた。
意識が朦朧とする中、エモの「キャパ…だ。」
という言葉は鼓膜が破れていたが
故の幻覚なのかは定かでは無かったのだった…