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工房での話は盛り上がり、アイーシャさんのお屋敷に戻るころにはすっかり暗くなっていた。
実際、あんなにたくさんの錬金術師と話したのは初めてだったかもしれない。
オリハルコンを盗もうとした男性だけは気の毒だったが、それ以外の人たちとは上手く話せたと思う。
しかし私は『神器の魔女』と名乗っているものの、彼らの中では『神器の錬金術師』の方のイメージが強いようだった。
……やはり錬金術師から見れば、私も所詮は錬金術師なのだろう。
それはそれで嬉しくはあるけど、それだといまいちイメージが弱い。
以前のような逃亡生活は、私はもうごめんだ。
だからこそ、私が近寄りがたい存在であることを、もっともっと周囲に知らしめないといけないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アイナさーん!」
「あ、エミリアさん。それにルークも、お帰りなさい」
「アイナ様、ただいま戻りました」
私が食堂でお茶を飲んでいると、ルークとエミリアさんが入ってきた。
朝に会ってはいたものの、久し振りに会えたように感じてしまう。
「食事はメイドさんに言えば出してくれるそうですよ。すぐに頼んじゃいます?」
「わーい、お腹ペコペコです!!」
「昼過ぎからずっと、戦闘続きでしたからね」
エミリアさんに続いて、ルークもお腹をさすりながら言った。
前線で頑張る人には、しっかり食べてもらわないといけない。
手元のベルでメイドさんを呼ぶと、10分も経たずに豪華な料理がテーブルに並べられた。
連日申し訳ない気持ちはあるが、きっとそれに見合うだけの仕事を期待されているのだろう。
……一応、報酬は別途もらえることにはなっているんだけどね。
「わたしたちの話はあとでしますけど、アイナさんはどんな一日でしたか?」
エミリアさんはスープを飲みながら、まずはそんな質問をしてきた。
「私は朝に、錬金術の工房に案内されました。
結構広いところで、7人くらいの人がいたんですよ」
「そういえばわたしたちも、ポーション類を支給してもらえました。
きっと、クレントスの錬金術師さんたちが作ってくれていたんですね」
「はい、そのはずです。ノルマのようなものもありましたから。
今日のノルマは、私がさっさと終わらせてしまいましたけど」
「おぉー、さすがです!
それで、そのあとは何をしたんですか?」
「ひと悶着はありましたが、他の人に錬金術の指南をしていました。
あと、何だか弟子ができました」
「弟子、ですか。アイナ様の実力を鑑みれば、当然のことですよね」
ルークは納得するように静かに頷いていた。
私は自称、世界一の錬金術師なのだから、弟子の一人くらいはいても不思議ではないのだ。
「ふふふ。話は少し大きくなるけど、錬金術の学校を作るとかも面白そうだよね」
「アイナさんが校長先生ですか? それはとっても素敵です……!」
「エミリアさんはガルルン教の法王様になるんですよね? それも素敵ですよ!」
「……とすると、ルークさんは騎士団の団長とか?」
「いいですね! 夢は捗ります!!」
私の言葉にルークは何かを言おうとしたが、そこはスルーしておくことにした。
言いたいことはもう、分かりきっているから。
「――そうそう。錬金術の工房って、クレントスの中にいくつかあるらしいんですよ。
私が今日行ったところは初級ポーションばかりを作っていましたけど、他のところでは別のものを作っているんだとか」
「え? アイナさんが作っていたのって、初級ポーションだったんですか?
せっかくのアイナさんなのに、それはもったいないですね」
「まったくです。もっと良い場所があると思いますよ」
「うーん、そうだね。ちょっと明日は別のところにしてもらって、またいろいろと指南してこようかな。
結構教えるのが面白くて、クセになっちゃいそう」
「やっぱりアイナさん、校長先生に!」
「あはは。正直、そういうのにも興味があるのかもしれませんね。
校長先生よりも、普通の先生の方が良いですけど」
校長先生っていうのは、偉そうに見えても結局は管理職なのだ。
しかし学校の方針を決めたりできるのは、それはそれで面白いかもしれない。
まぁ、すぐにやらなきゃいけないということでもないし……十年とか数十年後とかにでも、できれば良いかな?
「それで、エミリアさんたちはどうだったんですか?」
「はい! 今日は突然、前線に出されることになりました!」
「ははは。さすがに最初からは驚きました。
……それに、私たちはオトリ役でしたしね」
「確かに~っ!!」
ルークの言葉に、エミリアさんは強く頷いた。
「……オトリ役、って?」
「私たちが前線に着いたときに、そこの指揮官が敵に向かって……私の紹介をしたんですよ」
「敵に、紹介!? ……何で?」
「私は神剣アゼルラディアを持っています。
世間でいうところの英雄ポジションですから、その情報を流すことで敵の動揺を誘ったのです」
「ああ……なるほど。
確かにそのレベルの剣士がいれば、攻略できる気はしないからね……」
神器を持ったところで無敵になる……というわけではないけど、そうは言っても敵にまわせば酷い目に遭うことは間違い無い。
かといって逃げてしまえば、そこの戦線を放棄することになってしまうし――
……敵方からすれば、なかなか悩ましい状況になるだろう。
「結局、敵の士気は下がっていましたね。
そこにルークさんが飛び込んで、さらに戦線を乱して……大勝利! 大勝利ですよ!!」
「ただ、こちらの戦力もずいぶんと削られているようで、あまり遠いところまで攻めていけなかったんです。
やはりしばらくの間、戦況が膠着しているだけはありますね」
「ルークが飛びこんで、それで終わりにはならなかったかー」
「アイナ様。さすがにこの規模の戦いでは、一人では難しいです……」
「あはは、ごめんごめん。
それじゃ、今日は特に大きな進展は無かったということなんだね」
「はい、残念ながら。
しかし私の存在が知られた以上、アイナ様の存在にも繋がることになります。
これからとうなることやら、ですね」
「私としては、大いに名前を使ってくれて構わないよ。
知られて知られて、それで最後に勝てば……最高の宣伝効果になるわけだし」
――神器の魔女、ここに在り! って感じでね。
そしてそれは、私を引き入れることのメリット、手放すことのデメリットとして認識されるのだ。
そこまでいけば、きっとどこかに私の居場所が生まれるだろう。
ある程度使われるのは仕方が無い。しかし私は、守れる一線を守れて、そして日々を平穏に過ごせれば問題ないのだ。
「――あ、そういえば」
「え?」
話の切れ間に、エミリアさんが話題を変えてきた。
「今日、獣星さんとお話をしたんですよ。戦いに行く前に、偶然会って」
「へ~。どんな話をしたんですか?」
「アイナさんに感謝してましたよ。ポチを助けてくれてありがとう、って」
「それはもういいですから……」
「あはは。でも、凄く感謝しているようで――
……ああ、他のお友達は、他の七星にやられてしまったそうです」
「え、七星の同士討ち?
っていうか、今までスルーしてましたけど……何で獣星さん、アイーシャさん側に付いているんですか?」
「クレントス生まれ、なんですって。
アイーシャさんとも小さいころに面識があって、そこら辺の関係からこうなった、と」
「ふむ……。
それなのに『獣星』を名乗り続けているのは、それはそれで誇りに思っている……ってことなのかな?」
「王様に世話になったから――とも言っていました。
ただ、少し前から野心的な部分に疑問を持ち始めたそうです」
「……王様は王様で、戦争を始めたがっていましたからね。
何だか私が思ってたよりも、獣星さんって素直な人……というか、純粋な人なんですね」
正直、今まではお調子者にしか見えていなかったけど、そこら辺の事情を汲んでしまうと、割と好感度が上がってきてしまう。
それなら、ポチを助けておいて良かったかな? もし倒してしまっていたら、もっとドロドロとした敵対関係になっていただろう。
「それにああ見えて、魔獣を使った戦闘力はとても高いそうです。
クレントスの東門付近に王国軍は誰もいませんでしたが、彼らが護っていたから、ということでした」
「アイーシャさんの情報戦の賜物の部分もあるんですけど、それでも凄いですよね……!」
……え? ポチ一体だけで、そんなに上手くやっていたの?
もしかして、呪星や弓星よりもよっぽど強いんじゃ……?
……そういえば私たちは、今は亡き呪星にずいぶんと苦しめられたものだ。
他の七星だって決して弱くは無い。しかし戦闘に特化しているという点では、獣星の方がずっと強かったのかもしれない。
「私たちの敵にならないなら、獣星さんのお手伝いをしても良いかもしれませんね。
きっとポチみたいな――お友達? 獣星さんが育てているんですよね。私の錬金術も、何かの役に立つかもしれないし……」
「おぉ、それは良いですね! 今度獣星さんに会ったら、そう伝えておきます!」
「エミリアさんも獣星さんのことは気に入っているようですね。
それじゃ、伝言をお願いしておきますね」
――昨日の敵は、今日の友。
獣星とはまさしくそんな出会いをしたわけだけど、友であってくれるなら――
……私も彼が寂しくならない程度には、応援してあげることにしよう。