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「母君はこのチヒロと比べて、圧倒的に信頼が無い。蒼波の家からしたら不貞行為に目を瞑ってやったのに、いきなり出所不明の遺書なんか出されても、相手にしないに決まっている。しかも当主だと言うリクはチヒロより幼くて、病に伏せていては交渉の席にも立てないのは明らかだからね」
クリス様は蒼波様の味方だ。
それは歴とした事実だろう。
だから蒼波様を贔屓して話をしている──とは思わなかった。
当事者ではないが蒼波様のお母様の行動は本音に、どんな暖かな気持ちがあっても、周囲の反発を招いてしまうものばかりだと思ってしまった。
そんな状況下で蒼波様はずっと実母に弟と愛情の差を付けられ、冷たい態度を取られていた。だったら周りは、蒼波様により親身になるのではと感じた。
私も今すぐに蒼波様に寄り添ってお気持ちを慰めたいが、それは二人きりになってからでいいだろう。今は話の先を聞くことにする。
「では、その後はどうなったのでしょうか?」
「母君の行動は咎めるべきことだろうが、病気のリクのこともある。そこを苦慮して蒼波家と母君の親族は説得という、実に民主主義らしい行動を取った。でも母君は元として主張を変えないから、どこまでもお互い水平線。月日だけが刻々と流れて答えは出ないかと思ったとき」
チラリとクリス様は蒼波様を見た。
「リクが息を引き取った」
「!」
「しかし、その後《《息を吹き返した》》」
「それは一体どう言う……」
「マナ、医師として人の死はどう判断する?」
動揺していた気持ちに「医師」と言う単語を聞いて、背筋を正した。
「それは|三徴候死《さんちょうこうし》です。心臓、脈拍の停止。自発呼吸の停止。瞳孔の光反射の消失。それらが認められたら死だと判断します」
「だったら、心臓が動き、自発呼吸があり、瞳孔の反射も認められたら人は生きているとなるね」
月光を浴びて、クリス様の夕陽色の赤い瞳が怪しく光る。
そのせいかゾクリとする。
その先はなんだか不気味な予感がする。
不安気に蒼波様を見つめると、膝の上に置いていた手にそっと蒼波様の手が重ねられた。
手の温かさにほっとして、蒼波様に微笑んでから、しっかりとクリス様を見つめることができた。
「リクと母君は病院から個人的に招き寄せたという、胡散臭い医者に個人サロンのような医療施設を作らせ、帝都の隅へとそこに籠った。費用はどうやら実家の資金をかなり流用したらしい」
「……長子がいれば家督相続、遺産は妻に受け取る権利はないから……実家のお金を……」
ふと考えた言葉を口に出してしまったが、クリス様は深く同意してくれた。
「その通り。母君の実家は酷く混乱したそうだ。で、面倒な事態を引き起こしたサロンを作り上げた男。その担当医師は石田史郎という男だ」
「──石田史郎」
その名前になんだか、薄ら寒いものを感じてしまった。なんだか触れてはいけないような。毒を持つ海蛇が、いきなり前に現れた気持ちの悪さを感じてしまった。
「真那、その男については後で説明する。今はクリスの話を続けていいか」
少しぼうっとしていたのか、蒼波様に言葉を掛けられてハッとした。
ひとまず石田史郎と言う名前は頭の片隅においやり、問題ないと首を縦に振る。
「その石田史郎の元で、リクは息を吹き返したというじゃないか。僕はラスプーチンの再来かと思ったね。しかも母君は意気揚々として『陸は元気だから、会いに来てやって下さいな』と言うから僕も、チヒロと一緒に弟君に会いに行った。そして……」
そこでクリス様は金髪の髪を揺らして、私をじっと見つめた。
「ここから先の話はマナの根性を見越して、混乱しても自分の正義を貫ける強さがあると、僕が判断した上で話す。だから他言無用で頼むよ?」
「は、はい」
クリス様の迫力にごくっと喉を鳴らして、蒼波様の手を自ら手に取ってぎゅっと握った。
「リクは確かに生きて居た……ただし、体に大量のチューブをつけられ、赤い液体が入ったガラス瓶の点滴をたくさん、腕に繋げられていた。リクはまるで赤い蜘蛛の糸に囚われた、僕の知らない少年だった」
「大量のチューブ、ガラス瓶に入った赤い液体……蜘蛛に囚われた少年……とは……」
理解が及ばずに、クリス様の言葉を繰り返してしまった。
コメント
1件
ああ、このエピソードは重いですね……。クリス様が明かす蒼波家の過去、特にリクの「死と蘇り」の話は想像以上に禍々しい伏線でした。赤い蜘蛛の糸に囚われた少年、石田史郎という名前に漂う薄ら寒さ——医療の知識を持つマナだからこそ、あの状況の異常さが痛いほど伝わってきます。クリス様がマナに「根性」を試すように話を続けるのも納得。蒼波様が手を重ねて寄り添ってくれた温かさに、私もほっとしました。次が気になるし不安でもある……これからどう動くんですかね……。