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その日の朝は、待ち合わせは午後だというのに、緊張で朝早くに目が覚めた。


未だかつてこんなに自分の誕生日にドキドキしていたことがあっただろうか。


それくらい私は楽しみにしていた。


だけど‥‥。


常務と会ってしばらく経った頃、私は気づいてしまった。


ーー常務が私なんて全然見ておらず、心ここに在らずな状態だということを。




朝早くに起きた私は、午後のお出掛けに備えて入念に準備を整えた。


今日は横浜へドライブし、そのあと街ブラの予定だ。


歩きやすさも考えて、足元はローヒルの靴、それにノースリーブのシャツワンピースとカーディガンを合わせた。


髪型も今日はハーフアップにして、耳元に揺れるピアスを付ける。


そして、メイクを施し、最後に昨夜蒼太からプレゼントされた口紅を纏った。


なんだか蒼太に背中を押してもらっている気分になり、勇気付けられる。


好きな人には少しでも可愛く見られたい、そんな想いが私を突き動かしていた。


そうして待ち合わせ時間の午後1時。


私の家の前に到着した旨を伝えるメッセージが常務から入る。


事前に住所を伝えており、今回は家まで車で迎えにきてくれているのだ。


身だしなみを全身鏡で最終チェックして、急いで家を飛び出した。



家の前には、黒色の高級車が停まっている。


私は緊張しながら近寄り、助手席側の窓から中を覗き込んで、窓をコンコンと軽くノックした。


ドアのロックを解除されたのを聞いて、中に乗り込んだ。


「すみません、家まで来ていただいて。ありがとうございます」


「‥‥いや、全然大丈夫。じゃあ横浜に向かおうか」


「はい!」


今日の常務は、セーターにチノパンを合わせたシンプルな服装だった。


元の素材が良いと何を着ても、サラッと着こなせてしまうんだなぁと感心してしまう。



常務が車のエンジンをかけ、アクセルを踏み、横浜へ向けて出発した。


ここからだと車で1時間かからない程度だ。


運転する常務を助手席から私はこっそり盗み見る。


(運転する姿も素敵だなぁ‥‥!本当になにをしててもサラッと決まるし絵になってスゴイなぁ)


都内にいると実はあまり車に乗る機会がなく、こうやって男性とドライブするのは私にとって非日常だった。


車の中は密室だし、思っていた以上に運転席と助手席の距離が近くて、ドキドキが増していく。


私は緊張を隠すかのように常務に話し掛ける。


「常務はよく車を運転されるんですか?」


「日常的に乗ってるよ」


「会社にも車で来られてるんですか?」


「だいたいそうだね」


「私は一応免許は持ってるんですが、乗る機会がなくてペーパードライバーなんです」


「そう」


「はい」


「「‥‥‥」」


(気のせいかな?なんだか常務の口数がいつもより少ない気がするけど‥‥)


少し違和感があったけれど、私は気にせず話し掛ける。


今日を楽しみにしていたから、この時の私は少しくらいの違和感は気にならない程度だった。



「常務は横浜にはよく行かれるんですか?」


「日本にいた頃はね」


「あ、そうですよね。まだ日本に帰国されたばかりですもんね」


「「‥‥‥」」



(まただ。本当に気のせい‥‥?)



「お昼は中華街に行くんですよね。楽しみです。常務は中華は何が好きですか?」


「割となんでも」


「そうなんですね。私は小籠包が好きです。でも食べるの難しくていつも口の中を火傷しちゃって」


「そうなんだ」


「「‥‥‥」」



もうここまでくると、いくら鈍い私でも分かった。


これは私の気のせいなんかじゃなく、明らかに常務の様子がおかしい。


(いつもなら何も意識しなくても自然と会話が続くのに。今日は沈黙ばっかり‥‥。それに運転中だからかと思ってたけど、今日の常務とは全然目が合わない‥‥)


完全に心ここに在らずな態度が悲しくて胸が締め付けられる。


車内は異様な雰囲気に包まれていて、私は息苦しくてたまらなかった。



そうこうしていると横浜に着いた。


車を駐車場に停め、中華街へと歩き出す。


常務が予約したお店まで案内してくれるが、いつもなら隣を歩いてくれるはずなのに、今日は私の方なんて見ずに前を進んでいく。


私は置いていかれないように追いかけながら歩いた。



中華街での昼食も、料理は美味しいはずなのに全く味がしなかった。


私が話し掛けると答えてはくれるし、決して態度が悪いというわけではない。


だけど、なんだか距離をおかれているような感じがするのだ。


(でもこれが本当の私と常務の正しい距離感なのかも。だって住む世界が違う人だ。本来だったら一緒に食事に行くことだって叶わない人なんだから‥‥)


きっと誕生日に誘ってくれたのも、成り行きで気まぐれだったのだろう。


暗い気持ちに飲み込まれて泣いてしまいそうだ。


私は涙が溢れないように必死に目に力を入れながら、微笑みを絶やさないように努めた。




昼食を終えると、近くにある山下公園を散策する。


天気が良いので、緑溢れる景色がとても美しい。


楽しそうに喋りながらのんびりと散歩を楽しむカップルがたくさんいる。


自分の今の現状とつい比べてしまい、楽しそうなカップルがすごく羨ましい。


(胸が張り裂けそう‥‥。もうこれ以上は常務と一緒にいるのが辛い‥‥。常務の貴重な時間を私が奪うってしまうのも申し訳ない‥‥)



「あの、そろそろ車に戻りませんか?」


「もういいの?まぁ並木さんがそう言うなら」


「はい‥‥」



のんびり散歩をする気分でもなく、私は常務を促して駐車場へと向かう。


そして車に乗り込むと、意を決して重い口を開いた。


「今日は付き合っていただいてありがとうございました。でももう帰りましょう?これ以上、常務のお時間頂くのは申し訳ないです」


「単純に帰りたいんでしょ?俺と一緒にいたくないって言えばいいのに」


「そんなこと思ってません。楽しみにしてましたから」


「じゃあ何で帰りたいとか言うの?」


「だって‥‥。だって‥‥」


その瞬間、これまで耐えていたものを耐えられなくなった。


一気に気持ちが溢れ出して、涙が頬を伝う。


(いやだ、泣きたくなんてないのに‥‥!)


焦って手で涙を拭おうとすると、運転席から常務の長い腕が伸びてきて、ぐいっと手を掴まれた。


涙を流したまま視線を常務の方へ向けると、今日初めて常務ときちんと目が合った。


困惑の色が浮かぶ目で私を見つめている。




「ごめん、泣かないで‥‥。俺の言い方がキツかったね‥‥。ごめん」


「いえ、私が悪いんです‥‥。常務に今日誘ってもらったのが嬉しくて、勝手にすごく楽しみにしてて。それで常務が今日全然目を合わせてくれなかったら悲しくなってしまって‥‥。常務は成り行きで誘ってくださって、忙しい中貴重な時間を割いてくださってるのに。全部私が勝手に期待して勝手に落ち込んでるだけなんです‥‥」


私は溢れ出した気持ちを、感情のまま無我夢中で吐き出した。


私の言葉をじっと静かに聴いていた常務は、途中から驚いたように目を丸くして、次第になんだか嬉しそうな表情に変わる。


話切った私は、まるで自分が泣きながら駄々をこねているようだと思い至り、急に恥ずかしくなって俯いた。



次の瞬間、身体が運転席の方へ引き寄せられ、何か温かいものに包まれる。


ビクッと身体を震わせた私は、それが常務に抱き締められたからだと遅れて気づいた。


(え、抱き締められてる‥‥?なんで‥‥??)


抱き締められたまま、今度はまるで子供をあやすように優しく頭を撫でられる。


常務と一緒にいるのが辛かったのに、こうして常務の体温に包まれると心が落ち着き安心している自分がいた。


しばらくすると常務がそのままの体勢で口を開く。


「あのさ、カッコ悪いから本当は話したくないんだけど、俺の話聞いてくれる?」


「はい」


私は常務の胸にうずまった顔を離し、顔を上げ、常務の目を見つめた。


すると、バツの悪そうな顔をしながら、常務は思いもよらない話をし出した。


「実は昨日の夜、街中で並木さんを偶然見かけたんだ。駅から近い大通りに面したレストランで食事してたでしょ?」


「あ、はい」


「その時、男と一緒だったよね。明らかに友人や同僚とは違うすごく親密な雰囲気に見えたんだけど、彼氏だったんじゃないの?」


「ええっ!?違います‥‥!!」


まさか蒼太とのディナーを目撃されていたとは、なんという偶然だろう。


しかも彼氏と間違われるなんてビックリだ。


「違うの?俺はてっきり彼氏なんだろうなと思ってさ。並木さんは今日も本当は断りたかったのに断れずに無理やり来たのかなって。そう思うと面白くなくて‥‥まぁ要するに拗ねてたというかなんというか」


「うそ、常務が拗ねる‥‥!?そんなことあるんですか」


「|大人気《おとなげ》ないよね。こんなの初めてだし自分でも驚いてる。まぁ俺って並木さんのことになると余裕がないから」


意外な一面を見せられてキュンとする。


いつもクールで大人な常務が拗ねるなんて可愛い!と思ってしまうのは当然の流れだろう。


すると、バツが悪そうだった常務は空気を一新して、いつもの調子を取り戻す。


「で、あの男は彼氏じゃないんだったら誰なの?」


「弟です!2つ下なんです」


「なんであんな親密そうだったの?何か並木さんがすごく恥ずかしそうだったから姉弟だと思わなかったんだ」


恥ずかしそうだったと言われて、昨日蒼太と交わした会話を思い返す。


(あ、そうだ!たぶんそれって‥‥)


「‥‥弟に照れていたのではなく、話していた内容が恥ずかしかったんです」


「なに話してたの?」


「‥‥常務と今日出掛ける約束をしたって話です」


これ以上の誤解は避けたくて、恥ずかしさで声が小さくなりながらも私は素直に白状した。


常務は私の言葉に少し目を見開いたと思ったら、今度は嬉しげな表情を浮かべ、同時にイジワルな顔をのぞかせた。


「ふぅん、今日の話をしてたんだ。しかも恥ずかしがりながら。それになんだっけ。さっき俺から誘われて嬉しくてすごく楽しみにしてたって言ってくれてたっけ?」


突如、さっき感情のままに気持ちを吐露してしまった時のことを掘り返される。


(あの時は何も考えずに思いのまま話しちゃてるのに‥‥!)


「あとはなんだっけ。俺と目が合わなくて悲しかったんだっけ?」


「‥‥‥」


「それに勝手に期待して勝手に落ち込んでたんだったっけ?」


イジワルな常務が私の羞恥を煽る。


一言一句覚えている完璧な記憶力の常務がすごくて、恥ずかしさで穴に隠れたい思いに駆られた。


私は居た堪れなくなって、抱き締められたままだった身体を話して距離を取ろうとした。


でもそれを許してもらえず、逆にグイッと引き寄せられて、さっきより強く抱きしめられた。


「それってさ、並木さんは俺のこと好きだって思っていいの?」


「‥‥‥!」


「俺もさっきカッコ悪いけど拗ねてたこと白状したんだし、百合も素直になってよ」


急に名前で呼ばれて、その不意打ちに心臓が飛び跳ねる。


(このタイミングで名前を呼ぶなんてズルイ‥‥!そんなふうに言われたら、身の程知らずだとか住む世界が違うとか、もうどうでもよくなっちゃう)


「百合?」


「‥‥常務のことが好きです」



私は恥ずかしさで溶けてしまいそうになりながら、渾身の力を出してその言葉を絞り出した。



「やっと言ってくれた‥‥。ありがとう。俺も百合のことが好きだよ。たぶん百合が思ってる以上に」


そう瞳を覗き込みながら告げられて、私は嬉しさで胸がいっぱいになる。


(常務も私のことが好きだなんて‥‥嬉しい)


思わず泣きそうになったのを耐えていると、瞳に涙が溜まって目の前が滲む。


常務が愛しいものを見る眼差しで私を見つめ、目尻に溜まった涙を親指で拭ってくれた。



「もう誰にも渡したくない。百合、観念して俺のものになって」


そう言われると同時に、私の唇に優しいキスが降ってきたーー。

私の瞳に映る彼。

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