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王宮の廊下。昼下がり。季節はずれの風が吹き抜け、カーテンが揺れる。
「……陛下。」
「やあ、王室教師殿。」
いつものように交わす挨拶。
けれど今日は、ヴィクトールの姿を見るだけで、ハイネの胸がざわめいた。
彼は言葉なく歩き、ヴィクトールを自室に誘う。
何も言わずとも、ヴィクトールはそれに従った。
扉を閉め、ほんの一瞬の沈黙。
「……何か、話が?」
そう訊かれて、ハイネは無言のまま、窓の外を見た。
空は晴れていた。まるで何事もないかのように。
「貴方は、どうして……そんなに平然でいられるんですか。」
声は低く、震えていた。
ヴィクトールの目が、わずかに揺れる。だが、すぐにその動揺を飲み込んだ。
「私は、国王だ。」
その一言が、決定的だった。
「国王……ですか」
ハイネは笑った。だがその笑みは、どこまでも痛々しかった。
「私が告げた言葉も、あの夜のすべても……貴方にとっては、国王としての、それ以上でも以下でもないことだったのですか」
「……違う。」
ヴィクトールの声が、初めて揺れた。
「……だが、私は国王で、君は王子たちに仕える王室教師だ。
感情で職責を踏み越えては――いけない」
「そんなことは……最初から分かっています」
ハイネは一歩、ヴィクトールに近づいた。
「分かっています。でも……それでも、私は――
あの夜を、夢にしてしまうには、惜しすぎた
……自分で、夢だ、とケリをつけたはずなのに、本当に、愚かです。」
その言葉に、ヴィクトールは眉を寄せて、目を逸らした。
「……君だけが、苦しいわけではない」
「……ヴィクトール」
「私も、あの夜から、ずっと……」
声が詰まる。
どちらからともなく、空気が震える。
「……ずっと、君の名前を、呼びたくてたまらないんだ。」
ようやくこぼれた言葉に、ハイネは静かに目を閉じた。
次の瞬間には、その体を、そっと抱きしめていた。
「……国王でなくても、君を抱きしめていいのなら」
「……ほんの、ひとときだけなら」
その瞬間だけは、何もかもを忘れて。
王でも教師でもなく、ただ、名前を呼び合うだけの――ふたり。