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ネオンが滲む夜の歓楽街。人々の笑い声と呼び込みの声が交じり合う中で、るぅとは今日も客引きの位置に立っていた。新人ホストとして働き始めてまだ数週間。派手なスーツに身を包んでいても、心の奥にはどこかぎこちなさが残っていた。
「いらっしゃいませー! 今夜どうですか?」
笑顔を作りながら声を張る。しかし、誰もが通り過ぎていく。その時――
目に留まったのは、街のきらびやかさにまったく馴染んでいない青年だった。薄いブルーのシャツに、どこか疲れ切った表情。俯いたまま歩く姿は、夜のざわめきから取り残されたように見えた。
「……大丈夫?」
思わず声をかけていた。青年は立ち止まり、ゆっくり顔を上げる。大きな瞳が揺れて、怯えた子どものような光を宿していた。
「え……あ、僕?」
「そう。君」
るぅとは柔らかく微笑んで、歩み寄る。距離を詰めれば詰めるほど、彼がどれだけ無防備で、この街には不釣り合いなのかがよくわかる。
「こんな時間に、ひとりで?」
「……うん。帰る場所、ないから」
ぽつりと零れた言葉に、胸がざわついた。夜の街には、いろんな理由で居場所を失った人間が集まる。だがこの子は、あまりに純粋すぎる。
「名前、教えてくれますか?」
「……ころん」
「ころん……ころちゃん、ね。僕はるぅと。ここでホストしてる」
「ホスト……?」
初めて聞く単語に首をかしげる姿が、思わず笑みを誘った。知らないことだらけで、世間から取り残されてきたのだろうか。守ってあげなきゃ、そんな衝動に駆られる。
「お店に連れていく気はないよ。ただ……君、放っておけない」
そう言って差し出した手を、ころんはためらいがちに握った。ひんやりとした手の温もりが、かすかに震えていた。
……
近くのカフェに入り、二人で温かい飲み物を手にする。ころんは湯気に顔を埋めて、安心したように目を細めた。
「ありがとう、るぅとくん」
「僕に“くん”付け? 可愛いね~~」
からかうように笑うと、ころんの頬が少し赤くなる。その反応が新鮮で、もっと見たいと思ってしまう。
「ねぇ、ころちゃん。君はどうしてこんな街に来たの?」
「……家に居づらくて。気づいたら、ここにいた」
無理に深くは聞かない。ただ、彼の声がかすかに震えていたのを覚えた。きっと簡単に語れる過去じゃない。
「そっか。じゃあ、今夜は僕と一緒にいなよ」
「……え?」
「危ないから。君、誰にでもついて行っちゃいそうですし」
優しく告げると、ころんはしばらく黙り込み、それから小さくうなずいた。その瞳には、不安と同時に微かな期待が混じっていた。
……
夜更け。歓楽街の喧騒が少し落ち着いたころ、るぅとは自分の小さな部屋へころんを連れて帰った。派手な世界に身を置いているけれど、部屋は意外と質素だ。
「ここ、僕の部屋。安心してくださいね」
ころんはきょろきょろと部屋を見渡し、ベッドの端にちょこんと座った。子犬のように大人しくて、見ているだけで胸が締め付けられる。
「るぅとくんって……優しいんだね」
「僕? 優しくなんかないよ。ただ……君に泣いてほしくないだけ…ですから」
気づけば、正直な言葉が口から零れていた。ころんの大きな瞳が潤んで、るぅとを見つめる。その瞳に映る自分を、もっと特別にしたくなる。
「ころちゃん」
名前を呼んで、隣に腰を下ろす。距離が近づくたびに、ころんの肩が小さく震えた。だが逃げようとはしない。むしろ、かすかに身を寄せてくる。
「僕ら、似てるのかもしれないね。愛され方、知らなくて……でも欲しくて」
「……るぅとくん」
「だからさ、これからは僕が教えてあげます。君に、愛されるってどんなことかを」
そっと差し出した手に、ころんが触れる。震えながらも、その温もりを確かめるように握り返してきた。その瞬間、心の奥で何かがほどけていくのを感じた。
まだ名前も交わしたばかり。
だけど
――この夜が、二人にとって新しい始まりになる気がした。