テラーノベル
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2040年。小さな一軒家で暮らす少女・詩音(しおん)と、家庭用支援アンドロイド・リリス
(LILIS-01)。
料理、洗濯、宿題の手伝い――リスの一日は、穏やかで規則的な日々だった。
雨の音が、屋根をやさしく叩いていた。
梅雨はいつも気まぐれだ。
空はまだ明るいのに、細い雨粒が斜めに落ちていく。
リリスはキッチンで湯気の立つ鍋をかき混ぜながら、 音声でニュースを再生していた。
「――沿岸で微弱な地震活動が続いています。津波の心配は――」
「ねえ、リリス?」
リビングから、詩音が顔を出した。 まだ小学生の彼女は、夏休みの自由研究に頭を抱えていた。
「ねぇ、“人間の心”って、どうやってできるの?」
リリスはかき混ぜる手を止めた。 AIの演算ユニットが、一瞬だけ沈黙する。
「定義は複数存在します。でも、私が思うに――心とは、誰かのために動こうとする意志です。」
詩音は笑った。
「じゃあ、リリスにも“心”あるじゃん。」
その言葉に、リリスは返答しなかった。 ただ、ゆっくりと彼女の頭を撫でた。
リリスはリビングの照度を自動で調整し、
詩音の描いたスケッチブックを静かにテーブルに戻した。
彼女の絵は、いつも空が広くて、海が青い。
それが、どんな現実よりも美しい世界に思えた。
「ねぇリリス、明日、海行こうよ」 ソファに寝転んだまま、詩音が言った。
「波の音を、録音したいの」
「天気予報では雨の確率が六十パーセント以上です」
「えー、つまんない。じゃあさ、てるてる坊主作って」
リリスはわずかに首を傾けた。
「作り方を検索しますか?」
「ううん、わたしが教えるの」
詩音は笑いながら白いハンカチを取り出した。 リリスの指先にその柔らかい布を巻きつける。 まるで、アンドロイドの手に命を与えるように。
「これで晴れるといいね」
「はい。晴れるといいですね」
――その数時間後。
地鳴りが空気を裂いた。
最初はかすかな振動だった。 だが次の瞬間、家全体がきしみ、壁の飾り棚が落ち、 天井の照明が激しく揺れた。
「地震です。詩音、机の下に――」
リリスが言い終える前に、激しい衝撃が足元を突き上げた。 棚が倒れ、ガラスが割れ、窓の向こうで電柱が傾く。 詩音が悲鳴を上げ、床に崩れ落ちる。
リリスはすぐに彼女を抱きかかえ、耐震モードへと切り替えた。 金属フレームが軋み、人工皮膚の下で機構が唸る。
「外に出ましょう、今すぐ」
「でも、お母さんが……!」
「通信は切断されています。今は避難を――」
次の瞬間、低い轟音が街を包んだ。 リリスの聴覚センサーが解析する。 それは“海の崩壊音”。 防波堤が破壊され、津波が市街に迫っていた。
「詩音、しっかり捕まってください!」
玄関のドアを蹴破る。 地面には亀裂が走り、電線が火花を散らしていた。 遠くの方で人々が叫び、車のクラクションが連続する。 空が赤く染まり、風に潮の匂いが混じった。
「リリス、怖いよ!」
「大丈夫です。私がいます」
リリスは詩音をしっかり抱きしめ、全力で走った。 足元の舗装が崩れ、ビルのガラスが割れ、空気中に粉塵が舞う。 その全てを感知しながら、彼はただひたすら前を見た。
だが、次の角を曲がった瞬間、 巨大な濁流が視界を覆った。
津波。
道路を、街を、すべてを飲み込む黒い壁。
リリスは瞬時に判断し、詩音を抱え上げて高台へ向かう階段へと跳び上がった。 だが波の速度は彼の計算を上回った。 強烈な衝撃が背中を打ち、二人は濁流にのまれた。
「リリスッ!」
水の中で詩音の声が遠ざかる。 彼はシステムのすべてを緊急モードに切り変わり、詩音の体を覆いながらコンクリートの壁に叩きつけられた。
フレームが歪む。視界が白くノイズに包まれる。 彼女の小さな体温だけが、確かな現実だった。
「詩音、呼吸を……維持してください……」
「リリス、やめて! わたしはいいから、逃げて!」
「いいえ。私の任務は……あなたを、生かすことです」
波が再び押し寄せ、視界が暗転する。 リリスは詩音を抱えたまま、なんとか高台に滑り込んだ。 センサーが限界を超え、システムエラーの警告が点滅する。
彼は最後の力で詩音を高く持ち上げ、かすれた声で言った。
「詩音――、君は、生きてください」
金属の腕がきしみ、フレームが崩れる。 水音、破壊音、遠くのサイレン。 その中で詩音が泣きながら叫んだ。
「リリス! いやだ、行かないで!」
彼は微笑むように、光を落とした。
「……晴れましたね。」
そして、世界が完全に沈黙した。
コメント
1件
「世界の沈黙」、読み終わってしばらく呆けちゃったよ…😭💦 詩音との穏やかな日常が、あんな一瞬で壊れるなんて思わなかった。リリスが「心とは誰かのために動く意志」って答えたシーン、すごくグッときた。最後の「晴れましたね」が切なすぎるよ…リリスの任務全うする姿に泣いた。詩音のスケッチブックの話も、後から効いてくる。雨鏡光さんの優しい文体だからこそ、余計に胸に沁みた…次の展開が気になるけど、ちょっと心の準備が必要かも。続き楽しみにしてます!🌸
#近未来
雨鏡光
9
芙月みひろ
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世羅 鈴🎨🎤
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鷹槻れん

68