***
電話の音が鳴り響く事務所の中――二階堂の指示でとりあえず電話を無視したまま、事務所を立ち上げたときのように机と椅子を設置して、顔を突き合わせた。
俺の視界の先にいる上座の二階堂は、メガネのフレームを持ち上げて大きなため息をついた。横目でそれを見た陵は、意を決した感じで立ち上がり、目の前にいる大勢のスタッフに向かって深々と頭を下げる。
「みんなが一生懸命に頑張っているのに、それを無にして本当にごめんなさいっ」
数秒後、顔を上げてから告げられた謝罪の言葉は、聞いたことがないくらいに落ち込んだ声色だった。だが鳴り響く電話の音に負けなかったのは、陵の声に生気があったからだと感じた。
「相田さん、今日の正午に駅前で演説する予定だったよね?」
憔悴しきっている表情をしているのに、瞳を輝かせて話しかける。そんな陵の姿にスタッフだけじゃなく、俺や二階堂も目を奪われた。
「相田さん?」
思わず見惚れる俺に、陵が柔らかい髪を揺らしながら首を傾げる姿で、やっと我に返った。彼に訊ねられたことを確認すべく、手元にある予定表が挟まっているファイルを取り出し、慌てて中身に目を走らせる。
「ああ。商店街の遊説の後に、駅前のいつもの場所で演説することになっているが……」
「そこで釈明会見をする。内容についてはこれからはじめと一緒に考えようと思うんだけど、それでいいかな?」
二階堂と内容を考える――それは選挙プランナーとしての彼の手腕を、ここぞとばかりに使おうとする陵の考えだろう。
膝に置いている両手に拳を作り、余計なことを口走らないように我慢した。俺が話し合いに入っても、なんの力にもなれないのだから。
「それはベストな判断だと思う。二階堂も彼のためによろしく頼む」
「貴方に頼まれなくても、陵さんを支えます」
「俺はスタッフと一緒に、鳴っている電話に出て、釈明会見について説明するが、それでいいだろうか?」
陵のために、自分ができることを考えた結果だった。
「……ありがとう、相田さん。たくさん鳴っている電話に出るのは大変だろうけど、みんなと一緒に頑張ってください」
一瞬だけ言葉に詰まらせた恋人の様子に心配したが、それどころじゃないのがわかったので、軽く頷いてみせてから、電話の置かれているデスクへと身を翻した。
選挙戦の終盤で明るみに出た陵の過去の出来事が、少しでも悪いイメージにならぬよう、ひっきりなしにかかってきた受話器の向こう側に向かって、懇切丁寧に対応したのだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!