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第5話:不器用な「狼」
涼架side
綾華に背中を押され、私たちは駅前の楽器店『ミュージック・ライフ』に到着した。
ガラス張りの店内には、様々な楽器が並び、普段の学校の静けさとは違う、専門的な空気が漂っている。
「ど、どうしよう、綾華。本当にいるのかな…」
私は入口の隅で立ち止まり、綾華の服の袖をぎゅっと握った。
心臓は、まるで店内に置かれたドラムを叩いているかのように、激しく鳴り響いている。
「大丈夫だって!ほら、あそこにいるよ!」
綾華が指差す先を見ると、レジの少し奥まった場所ど、若井くんがギターの弦を交換していた。
真剣な表情で、一本一本、丁寧に作業している。屋上で見る時よりも、少し大人びて見えてそのプロフェッショナルな姿に、私はまた見惚れてしまった。
「うわぁ…なんか、いつもよりかっこいい…」
「でしょ?でも、バイト中だからって怯むな!行くよ、涼架!」
綾華はそう言って、私の背中を「えいやっ」と押した。
私たちは、何かの楽器を探している客のふりをして、若井くんのいるカウンターへと近づいていく。
「…藤澤さん?」
若井くんは、私がいることに気づき、作業の手を止めた。
驚いたような顔をしたのは一瞬で、すぐにいつものクールな表情に戻る。
その瞬間に、私の緊張感はマックスになった。
「あ、あの!えっと…」
言葉が喉につかえて、上手く出てこない。綾華がすかさず、私の前に出た。
「こんにちは、若井くん!涼架の友達の綾華です!お邪魔してます!あのね、この子が若井くんに、ちょっと重要な用事があるみたいで!」
綾華は、私の気持ちを汲んで、明るく、そして強引に場を繋いでくれた。
若井くんは、綾華と私を交互に見て、怪訝な顔をした。
「用事…?」
若井くんの少し低い声が、私の心臓に響く。
もう、後には引けない。綾華がくれた勇気を無駄にしちゃいけない。
私は、一歩前に出て、若井くんの目をまっすぐ見つめようとした。
「あの、若井くん。えっと、実は…」
私は震える声で、必死に言葉を絞り出す。
「来週、駅前で夏祭りがあるんだけど…よかったら、一緒に行きませんか?」
言葉はたったそれだけ。でも、私にとっては、この夏、最大の勇気を振り絞った言葉だった。
若井くんは、私の顔から視線を外すと、手元のギターをいじるふりをして、沈黙した。
その数秒の沈黙が、私には永遠のように感じられた。
「…なんで?」
やがて若井くんが発した言葉は、私の胸に突き刺さるような、冷たい響きを持っていた。「なんで?」ーーそれは、まるで私が何か間違ったことをしたかのような、拒絶の言葉だった。
私の心は、一瞬で冷たくなった。
顔から血の気が引いていくのが分かった。綾華が、隣で何か言おうと口を開く気配がしたが、私はそれを受け止められる状態ではなかった。
「えっ…それは…」
私が言葉に詰まっていると、若井くんは、救われたようにレジの向こう側を見た。
「若井、バックヤードの在庫チェック、お願いな!」
別の店員さんの声だった。若井くんは、その言葉にすぐに頷くと、私の目を一度も見ることなく、言葉を続けた。
「…ごめん。ちょっと今、忙しいから」
彼はそう言って、すぐにバックヤードへと消えていった。
残されたのは、私と綾華、そして、若井くんのそっけない空気だった。
「…涼架、大丈夫?」
綾華の心配そうな声が耳に届く。私は、何も答えられなかった。
彼の態度は、私が想像していたよりもずっと冷たかった。やっぱり、私の熱意は、彼にとっては迷惑だったんだ。
次回予告
[狼の自責]
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コメント
2件
つらすぎる〜〜………。若井さんツンデレなの?涼ちゃん凹んでるよぉ…
あうち、つらたん(;;)涼ちゃんが報われますように🙏💭💗