「アック、何も出ないのだ?」
「敵と決まったわけじゃないしな」
グライスエンドに入ってすぐの眼前に広がっているのは、小屋も無ければ人の気配も無い草原と泉だけ。
声をかけてきた女性は美少女、いや少女というと失礼かもしれないが言葉遣いも相まって幼い感じを受けた。敵意は感じられないが、肩下にまで伸びた黒い髪と黒い瞳からは何かを探るような雰囲気がある。
気配から察するに、普通の人間ではなく何か別の生き物のように思えた。冒険者のような黒茶色い装備一式をまとっているが、その正体は何かの末裔――あるいは村人か。
おれは違和感を覚え、何となく気になってしまってついついリアンと名乗った女性を見つめてしまう。
すると、
「イスティさん。ぼくのことが気になるの?」
「あっ、いや……見たことが無い防具だなと」
「いいでしょ、これ。ぼくが大好きなブレストなんだ~! ここの子たちも気に入ってるんだよ」
リアンは両腕を目一杯広げながら満面の笑顔を見せている。しかし彼女が何を言っているのか分からないので聞き直すことに。
「ここの子たち?」
「どうして分からないのかな……。じゃあ会わせてあげるよ。会いたいよね?」
ここの子たちと言われても目の前にいるのはリアンただ一人だけ。だが、何かヤバい気がする。
いったんここから離れて外へ出るか?
シーニャもルティたちのいる泉にいるが、呼び戻す必要があるな。
「シーニャ、ルティ! フィーサ!! こっちへ戻れ!」
間に合えばいいが、おれの勘が正しければこの気配は危ない気が。
「イスティさん。みんなに会わせてあげるね!」
「……えっ? ――うっ、うわっ!?」
リアンの言葉の直後、視界が直下に変わっていた。警戒し始めのほんの一瞬だったが、不意打ちのように立っていた地面が陥没し、みるみるうちに地中深くにまで沈められてしまった。
地中の底にたどり着いたのか、見回す限り真っ黒い土の壁しか見えない。見上げると姿が確認出来ないくらい落とされたようだが、地上部分からはリアンの声が聞こえてくる。
『イスティさん~! 女の子たちはぼくが遊んでてあげる。イスティさんはみんなと遊んでね!』
声だけ聞けば危ない感じは受けないが、どうやらおれの答えに対し敵対心を高めたらしい。リアンから感じた気配は間違いなく敵意だ。
とはいえ、おれは風魔法で地上に上がれる。
だが、それを知りつつ地下深くに落とされたのには何か意味があるに違いない。シーニャたちのことが気になるが、まずは光魔法で辺りを照らして考えることにする。
……辺りを照らすと、ここが広い空間だということに気付く。そして横穴から抜け道のようなものが見えた。
進もうとするが、横穴から複数の気配が近づいてくる。
この気配のことだな?
リアンの言う子たち――すなわち。
「イスティ?」
「この子がイスティ?」
「イスティがいる」
「きっとイスティだよ」
にぎやかな声が地下に響き渡る。
声の主たちはどう見ても幼い少女たちにしか見えない。
「ねえねえ、きみがイスティで合ってる?」
恐らくリアンによっておれがここに落とされたことも分かっているはず。
ここは正直に返事をしてみるか。
「おれがイスティ、アック・イスティだよ。君たちがそうなのかな?」
「イスティ、イスティ……オマエが!」
「――むっ!?」
返事をすると、突然少女たちの気配が変化した。そのまま地下の地盤が激しく振動を始め、鳴り響きだし、そして。数にして六、七人の少女だった子たちが細長く足の無いワーム族に姿を変える。
やはりモンスターだったな。元が少女たちだっただけにそこまで脅威は感じられないが、どう戦うべきか。
◇◇
「ウウゥゥ!! お前、アックをどうしたのだ!?」
「アック様、アック様は~!?」
「今頃あの子たちに溶かされているかも~? それより、ぼくと遊ぼうよ!」
「お前、気に入らない。アックのために、シーニャがお前倒す……!!」
おれが地下に落とされた時、地上ではリアンと名乗った少女とシーニャ、ルティの戦いが始まろうとしていた。
「えぇ!? アック様が、もしかして~!?」