驚いた事に、オルクス君が送ってきた声は、自分をマーガレッタ王女だと告げてきたのだ。
話し方も昨日とは打って変わって流暢(りゅうちょう)になっており、声音(こわね)も上品な王家の令嬢のそれであった。
驚愕しながらも善悪は目の前のソフビへと語り掛けた。
「王女殿下! 何故貴女がここに? オルクス君はマーガレッタ殿下で在らせられたのですか?」
『ここ迄参りましたのは、只々お慕い(したい)する卿(けい)にお会いしたい一心でございました。 卿の住まわれるこの世界に具現化してすぐに、黒々とした山羊のモンスターに捉えられ、この石の中に封じ込められてしまいました。 昨日までは満足に口を聞くこともできず、口惜しゅうございました』
「そうだったのですね。 ですが、御安心下さい! 姫を襲った不埒(ふらち)なヤギ頭は既にあそこの肉によって討伐済みでございます。 ? 然(しか)し、何故オルクスなどと名を偽っておられたのですか?」
姫を安心させるように告げた後、善悪は先程から思っていた疑問を投げ掛けたが、その問いに対する王女マーガレッタの答えは想像を超える物であった。
『違うのですコウフク卿! 貴女の知己(ちき)であった彼女は、私を捉えたモンスターによって、既に命を奪われてしまっているのです!』
「ええっ!」
『あそこで高鼾(たかいびき)を掻いているのは、かのモンスターによって生み出された人工生命体、つまり正真正銘単なる肉に、醜い(みにくい)だけの肉槐(にくかい)に過ぎ無いのです。 あの者が主に命じられたのは、今は亡き彼女に持ち去られた私、この聖赤石の奪還だったのです。 昨日は、私が自我を失ったと思わせる為に、あのような偽りをお伝えしてしまったのです。 失礼をお許し下さい』
「むう、確かに昨晩、石を持ってきて見せろと言ったのはコユキ殿、いやあそこの肉槐でした。 それに、いかに私の訓練が理に適っていたとは言え、昨日の動きは人間離れしておりました。 気付かぬとはこの王国の剣(つるぎ)、一生の不覚であります」
『コウフク卿が出掛けられると直ぐ(すぐ)に、あの汚らしい肉は私を奪ってモンスターの元に戻ろうとしたのです。 今は私のスキル、アネスシージャで眠らせておりますが、間も無く目を覚ますでしょう。 コウフク卿、早く私を連れてお逃げ下さいませ』
姫の言葉に、善悪は首を横に振って言った。
「いいえ、姫を閉じ込めたばかりか、我がパーティメンバーの命をも奪ったヤギの手下をどうして許して置く事ができましょう。 まず、あの肉を滅し、次いでヤギにも引導を渡してやりましょう。 姫も必ず元のお姿に戻して差し上げます」
『し、然し(しかし)、あの肉には『スススス』が! それにここには貴方の愛剣、『レジル』も無いのですよ』
心配そうな顔に善悪は凶悪な笑顔を顔に浮かべて答えた。
「あんな小物に剣など必要ありません。 それにお忘れか、あなたにお会いし剣を捧げる以前の私の二つ名を?」
善悪の言葉に姫は、はっとなってそれ以上声を送り込む事を止めた。
思い出したのだ、かつて、狂戦士と恐れられ、徒手空拳(としゅくうけん)でドラゴンをも屠(ほふ)ったこの勇者を人々は畏怖(いふ)を持ってこう呼んだ、『真紅の簒奪者(さんだつしゃ)』と……
無数の魔物の前に武器も携(たずさ)えずに立ち塞がり、敵の返り血でその身を紅に染め、嬉々として命を奪い続け一顧(いっこ)だにしない最強の冒険者。
今、復讐に燃える善悪の周囲には、かつての禍々(まがまが)しいほどの闘気がオーラとなって全身を包み込むのであった。