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勇者感謝祭の後片付けを終え、村長宅に帰ったときには、もう深夜だった。
すぐにでも寝床に入りたかったが、カイトは村長に「話があります」と切りだした。
村長は酒を飲んで顔が赤くなっていたが、カイトの真剣な表情を見て、すぐに居住まいを正した。
「どうしたんじゃ、カイト殿?」
カイトは、旅立ちの決意を固めたことや、諸々の事情を語った。
すべてを聞き終えた村長は、微笑みながら頷いた。
「カイト殿の決めたことじゃ。わしらが反対する道理はない」
ただ、と言って村長は後頭部を掻く。
「正直な気持ちを言えば、ずっと村に留まってほしかったがのぅ。なんせカイト殿は、伝説の勇者なんじゃからな。アルヒ村に留まってくれれば、この村が田舎とバカにされることもあるまいて!」
村長は大きな声で笑った。
カイトも釣られて笑ってしまった。
(本当に、アルヒ村はすばらしい人ばかりだ……)
改めて、アルヒ村を離れるのは惜しいと思った。
それからカイトは、姿勢を正した。
「この村にやって来たときの記憶はほとんどありませんが、とてもお世話になったことだけはわかります」
カイトは深々と頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
「礼を言うのはこっちのほうじゃ。カイト殿がいなかったら、村は魔物と魔族によって壊滅していたじゃろう」
村長も頭を下げて礼を言った。
お互い顔を上げると、視線が合わさった。
二人はまた笑いあった。
(記憶をなくした後、初めて来た村がここで良かった)
カイトは、心の底からそう思った。
* * *
村長と話し終え、貸し与えられた個室に向かう。
そろそろ休もうと思ったときだ。
ドアをノックする音が聞こえた。
「よう、遅くにすまねぇな」
村長の息子、ハンスが入ってきた。
彼に関する記憶もほとんどないが、話しぶりから察するに、ある程度は親しい間柄だったと思う。
「旅に出るんだってな」
「ええ」
「あのデカい狼も忘れずに連れてけよ」
「ふふ、もちろんです」
ハンスは、モフモフのことが苦手らしい。
「ところで、何のご用ですか?」
尋ねるものの、ハンスは中々口を開かなかった。
気まずげに視線をさまよわせ、頭を掻いている。
「なあカイト。お前は旅の目的を達したらどうするつもりだ?」
「どうする、ですか……。そんな先のことは考えていませんね」
「それなら、アルヒ村に帰ってこい」
「それはまたどうして?」
ハンスは葛藤するような表情を浮かべた。
「具体的なこと言えねぇ。でもな。この村には、お前のことを待っている人がいるんだ。その人のためにも、この村に帰ってきてほしいんだ」
(俺のことを、待っている人……)
ふと、脳内にタニアの姿が浮かんだ。
(彼女とは、何か大切な約束をした気がする)
そんな思いが胸にあった。
ただ、先ほどタニアと話したときも、彼女は何も言及しなかった。
それゆえカイトが抱くこの感情は、きっと思い過ごしなのだろうと思っていた。
しかし、そうではないのかもしれない。
口にしなかっただけで、タニアと自分は、何か約束をしたのかもしれない。
「わかりました。いつか必ず、帰ってきます」
カイトがそう言うと、ハンスは満足気に微笑んだ。
ただ、その表情からは……どこか寂しさも感じるのだった。
* * *
翌日。
カイトが旅立つという話は、瞬く間に村全体に広まったようだ。
モフモフとともに村の入口に向かうと、人だかりができていた。
彼らはカイトを見つけると、様々な言葉を口にした。
「ありがとうカイトさん!」
「カイトさんのおかげで俺たちは生きてるんだ!」
「伝説の勇者カイトと同じように、カイトのことも忘れないぜ!」
「ぼくも将来カイトさんみたいに強くなる!」
それらの言葉を聞き、全身が温かくなっていった。
涙が零れ落ちそうになるのを必死に堪える。
「くーん」
傍らに立つモフモフは、カイトの感情の変化を察知し、気遣わしげに身体をこすりつけてきた。
モフモフを撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
村人たちが一通り感謝を述べた後。
「ほら、行ってこい」
ハンスに背を押され、タニアがよろけながら前に出てきた。
タニアは、気まずげに視線を迷わせながらも、カイトに近づいてくる。
彼女を前にすると、カイトの胸はチクチクとした痛みに襲われる。
しかしその痛みの正体はわからなかった。
やがてタニアは、覚悟を決めたように顔を上げ、カイトを見てきた。
「カイトさん、あたし、毎日祈ります。カイトさんが無事であるように」
交わした約束について言ってくるかも──と淡い期待を抱いていたのだが、彼女が口にしたのは、昨夜と同じ言葉だった。
「ありがとうございます。俺も、タニアさんのことを思いながら旅をします」
タニアの両目が潤みだした。
彼女は涙を堪えるように洟をすすった。
「いつか目的を達したら、アルヒ村に帰ってきます」
カイトがそう口にすると、タニアははっとした表情を浮かべた。
カイトは、さらに続ける。
「帰ってきたら、あのときのように、手料理をご馳走していただけますか」
タニアは目を瞬いた。
「あのとき、って……」
タニアの戸惑いを見て、カイトも違和感を抱いた。
(あのとき? あのときって、何だ?)
「す、すみません……。記憶がこんがらがってるみたいですね……。タニアさんの手料理を食べた記憶なんてないのに、何でそんなセリフが浮かんできたんだろう」
すると、タニアの両目から、ポロポロと涙がこぼれた。
「す、すみません。失礼なことを言ってしまいましたか!?」
タニアはかぶりを振った。
「いえ……違うんです……そうじゃ、ないんです……嬉しいんです……!」
タニアは涙を拭いながら続ける。
「カイトさん……! あたし、いつまでも待っています……! カイトさんのために、料理の腕、磨いておきます……! だから、きっと……必ず……帰ってきてくださいね……!」
カイトは微笑を浮かべ、頷いた。
「ええ、必ず」
そして、タニアたちに背を向けた。
モフモフの頭をポンポンと叩き、
「さ、いこうか」
と言う。
モフモフも、
「ガウッ」
と元気な返事をした。
カイトはみなに手を振りながら、
「いってきます!」
と大声で言った。
「いってらっしゃい!」
アルヒ村の人たちの声が重なった。
タニアもまた、涙を流しながら大きく手を振っている。
彼らの思い、声援を背に受けながら、カイトは広い世界に向けて第一歩を踏み出した。