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鍋に溶け込んだのは君への愛。

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鍋に溶け込んだのは君への愛。

2 - 第2話 できたて、召し上がれ。

♥

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2025年06月15日

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弐十くんの声がしなくなって暫く経った頃だった。



作業部屋まで、ふんわりと漂ってくる煮込んだ野菜と肉の匂い。

懐かしい、どこかで一度嗅いだような香りに、キルはふと鼻をひくつかせた。



──ああ、実家のキッチンの匂いだ……。


幼い頃によく見ていた、料理をする母親の後ろ姿がふいに浮かぶ。

エプロンを着けて、手際よく鍋をかき混ぜる姿。

腹が減ったと弟と一緒に騒いでいると、たまにこちらを振り返っては、困ったように、それでもどこか嬉しそうに笑っていた顔。


あの空気ごと、キッチンに満ちていたあの匂いが、今この部屋に蘇ったような気がした。


……こんなふうに思い出すくらいには、きっと俺、母親のこと──好きだったんだろうな。


自分でも気づかないうちにそんなことを考えていた。

それに気づいて、キルは小さく、ふる、と首を振る。


「……なに考えてんだ、俺」


思考を振り払うようにぼそりと呟いて、椅子から立ち上がる。


スウェットの裾がするりとめくれ、素足がひやりと冷たいフローリングに触れた。

ぺた、ぺた、と足裏の音を立てながら、キルはリビングへ向かった。




キッチンで背を向けたまま鍋をかき混ぜている弐十の隣まで歩み寄ると、

ふいに肩越しに身を乗り出して、湯気の立つ鍋の中を覗き込んだ。


「……なんだ? カレーか?」


「お、来たな。」


鍋の中では、くたっと柔らかくなった野菜が煮汁の中で泳いでいた。

素人にしては、意外とちゃんと“料理”の体を成している。


「……なんか、意外と良い感じじゃん」


「だろ? 野菜とか切り屑みたいだったけど、煮込んだらそれっぽくなってきた」


その言葉に、キルの視線がテーブルの隅へと流れる。

「中辛」と書かれた緑のパッケージ──ルーの箱を見て、ああ、やっぱりカレーか、と内心で呟く。


その視線に気づいた弐十が、箱をひょいと手に取り、キルの前に突き出した。


「お察しのとおり。

今日は、俺特製カレーです!」


「……悪いけど、カレーにはちょっとうるさいよ?」


挑発めいた笑みを浮かべながら言うキルに、弐十は鼻で笑って返す。


「はいはい、通ぶってないで座ってな」


“お前がカレーにうるさいなんて聞いたことねぇよ!”

そう心の中でツッコミながらも、弐十の口元は自然と緩んでいた。


10分前にセットしたタイマーが鳴る。

弐十は火を止め、ルーの箱を開けて、固形ブロックを一つずつ鍋へと投入する。


とろり──。

ブロックがゆっくりと溶けていくのを見届けながら、弐十は静かにおたまを動かした。



料理って、案外楽しい。

ただの作業かと思ってたけど、誰かのために作るって、ちょっと特別な感じがする。


……これで、もしあいつに「まずい」とか言われたら、──たぶん、俺、ちょっと凹むかも。笑


そんなことをぼんやりと思いながら、最後のルーを鍋に落とす。

隠し味に、小さく割ったチョコレートとバターをひと欠片ずつ。

「コクが出る」って、動画で言ってたっけ──



「……よし、あと少し煮込んで完成だな」


カレーの表面がとろりと濃厚なツヤを帯び始める。

焦げ付かないように、弐十は丁寧にかき混ぜながら火加減を整えた。



「トルテさーん! すまん!サ●ウのごはん、チンして!2つ!」


「はぁー? 座っとけとか言って、結局使うんかい!」


「お前それくらい手伝えよ!笑」



悪態をつきながらも、キルはソファから腰を上げて、とぼとぼとレンジへ向かう。

眠たげな顔をしながら、レトルトご飯のパックを取り出して、

「…あ?600w…2分10秒?……2分でいいだろ」とかぶつぶつ呟きながらレンジに放り込む。


「で、そっちはできたん?」


「ん、あと1分」


しばらくして、弐十のスマホから再びアラームが鳴る。

火を止め、鍋の蓋を開けると、湯気とともにスパイスの香りがふわっと広がった。



その瞬間、キルがまたひょいと覗き込んでくる。

「どんな感じ?」と目だけで尋ねるように覗き込むその顔に、

弐十も無言で頷きながら、鍋の中を2人並んで見下ろし、そして



「「うまそーー!」」



息ぴったりの声が、キッチンに響いた。



熱々のパックご飯を皿に盛り、

弐十がカレーをおたまでたっぷりかけていく。


不揃いだった野菜たちは、煮込まれていい感じにとろけ、

形を保ったものも柔らかくて、見た目以上に美味しそうに仕上がっていた。

飴色になった玉ねぎが、ちょこんと顔を出している。


麦茶のペットボトルを取り出して、グラスに注ぎ、

スプーンを二つ、食器棚から拝借してテーブルに並べる。


「うわ、マジいい匂い……腹減った……!」


キルは席につくなり、スプーンを持ってそわそわとこちらを見つめている。

子供みたいなその姿が、なんだか妙に可愛くて、弐十はふっと笑った。


「はい、お待たせ」


そう言って、カレーの皿をそっと目の前に置く。


キルの目が、ぱあっと輝いた。

どこか嬉しそうに、期待を込めてルーを見つめている。


「では、キルシュトルテさん。手を合わせましょう!」


弐十が胸の前で手をパチンと合わせると、

キルもそれに釣られて、スプーンを握ったまま手を合わせる。


「「いただきまーす」」



そう言って、カレーをスプーンで掬い、口に運んだ──







*つづく*




鍋に溶け込んだのは君への愛。

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コメント

2

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文章の構成(?)もめっちゃうまいし、話も最高!

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