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翌朝の森は、雪が静かに積もっていた。風の音もなく、すべてがしんと澄んでいる。
烏天狗・りうらは、高い枝の上でひとり目を閉じていた。
羽を広げ、風の流れを読むように。
「……風が、落ち着いてる。」
そう呟いたとき、
ふわりと足音もなく雪の上に立った気配がした。
「やっぱり、ここにいた。」
雪女・初兎。
白い髪に、昨夜の雪がまだ少し残っている。
「……なんだよ、お前。寒くねぇの?」
「うん、平気。」
「じゃあ、なにしに――」
「ちょっと、話したくて。」
その言い方が、いつもより少しだけやわらかくて、
りうらは言葉を飲み込んだ。
「……なに?」
初兎は、手を前でそっと組んだまま、静かに言う。
「昨日……ないちゃんに、ちゃんと“好き”って言った。」
一瞬、風が止まる。
りうらの羽が、音もなく揺れた。
「……そうか。」
それだけ。
でもその声の奥にある、少しだけ揺れる感情に、初兎は気づいた。
「まだ、言わなくていいよ。りうらは。」
「……は?」
「焦んなくていいって意味。
でも、“言いたくなる時”が来たら、言ってあげて。」
初兎は、ほんの少しだけ笑ってみせた。
「……あなたのこと、ちゃんと見てる人、近くにいると思うよ。」
「……お前、見えてんだろ、全部。」
「風の動きと、雪の流れ。似てるからね。」
りうらは顔を背けた。
その表情を、見られたくなかった。
でも、初兎の言葉はもう一つだけ、しっかり届いた。
「僕、勇気出したから。次は――」
「……うるせぇ。」
初兎が笑う。
りうらが照れてるの、知ってるから。
「じゃ、またね。風が、強くなってきた。」
雪の中を、静かに去っていく初兎。
りうらはその背中を見送りながら、
ふっとつぶやいた。
「……俺も、言えんのかな。」
空を見上げると、
そこにはどこまでも青い、冷たい、でもどこか清々しい冬の空が広がっていた。