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雅史と離婚する、そう決めたらあとは後悔しないためにしっかり準備をするだけだ。
幸か不幸か、あれから雅史からは何の連絡もないし帰っても来ない。
私が買い物に出かけている時に、雅史か義母が来たのか、クローゼットの雅史のスーツ類や靴下が減っていた。
_____今のうちに、準備しなきゃ
まずは、先に離婚した母に連絡する。
〈あのね、お母さん、私、離婚すると思う〉
介護施設で住み込みで働くと言っていたから、きっと仕事中は返事もないだろう。
圭太が昼寝をしたので、手帳を出して必要なことを書き込んでいく。
まずは圭太の親権、そのためには経済的に自立している必要がある。
結婚する前からの貯金は、いざというときのために使わずに残してあるからそれがまず200万。
できるだけ早く圭太を保育園に預けて、正社員としての仕事に就かないといけないから、ハローワークも行ってみないと。
ここから引っ越すとしたら、どこにしようか?
職・住近い方が何かと便利だろうから、仕事先が決まったらそこに近いところにするとして、家賃はどれくらい?
スマホを出して検索してみる。
圭太と二人ならしばらくは1Kでもいいかもしれないな。
あとはそうか、家財道具も買い揃えないといけないし、あー、予算がいくら必要になるか見当もつかない。
仕事も、どんな職があるのかわからないし、特に資格もないし若くもないし、シンママだし……なんて書いていると悪い条件ばかりが出てくる。
ピコン!と音がして、LINEが届いた。
《何があったのかわからないけど、杏奈がよく考えて決めたことなら反対しないわよ。ごめんね、先にお母さんが離婚しちゃってこんな時に役に立てなくて》
〈うん、よく考える。お母さんには頼らないでなんとか圭太と二人暮らせるように、頑張るから〉
《そうね。圭太ちゃんがいれば頑張れるわね。そうだ、今度のお休みにちょっと会えない?圭太ちゃんも一緒にご飯でも、ね?》
雅史はいないから家に来てくれてもいいのに、実家近くのファミレスがいいと母は言った。
〈わかった。その時ちゃんと話すね〉
母は私の味方でいてくれるようで、安心した。
そして、離婚するための準備項目を書き連ねていたら、不安な気持ちが薄らいでワクワクしてきた。
考えてみたら、親元でずっと暮らしていて結婚してここに住んで、私は一人暮らしをしたことがない。
今は圭太がいるから一人ではないけれど、不安より新しく始める暮らしのことを考えて、期待が膨らんできた。
「ダメダメ!慎重に進めないと」
ペチペチとほっぺを叩いて気合いを入れた。
雅史が帰ってこないことを、圭太には“お仕事で遠くに行ってるのよ”と話してある。
今までもそんなに密に父親としての関わりがなかったからか、さして寂しがったりもしない圭太を、少々不憫に思うけど。
離婚しようと決めたけれど、仕事もなかなか見つからず気持ちが萎れてきていた。
それでもアルバイトの仕事だけはしっかり終わらせて、今日は納品の木曜日だ。
「え?引っ越されるんですか?」
遠藤が、メモリーを持った手を止めて私の顔を見て言った。
「はい、今すぐというわけではないですが、おそらく近いうちにそうなると思います」
離婚して引っ越すことになるだろうから、この先のアルバイトがいつまで続けられるか未定だと伝えた。
「そうですか、離婚されるんですか。そんな事情があるなら無理にお引き止めすることはできませんね。岡崎さんの仕事ぶりは丁寧で期日が守られるので評判がよかったんですが」
「そんなふうに言ってもらえると、頑張った甲斐があります」
そうか、もったいないなと独り言のような呟きが聞こえた。
それでも遠藤はデータを確認をする手を止めず、入力ミスを調べていく。
その数分の間、遠藤に気づかれないようにそっと横顔を見ていた。
_____この清潔感と、凛とした佇まいがいいんだよなぁ
今は独身のはずなのに、身だしなみも整っていて落ち着いた雰囲気もある。
異性としての魅力は感じるけれど、だからといって雅史がしたみたいに家族よりもこの人をとったりしない。
それとこれとはまったく別。
「あ、そうだ!立ち入ったことを訊きますが。お仕事は?離婚したら働くんですよね?」
「はい、絶賛求職中です。でもなかなかいいのがなくて。子どもが小さいと、条件が悪いですね」
「まだ決まってないんですね?じゃあ、うちの会社の採用試験、受けてみませんか?と言っても正社員じゃないんですが」
「えっ!そんな、私は新卒でもないし知識も経験もないんですよ?」
「経験なら今やってもらってるこれで、技術も僕が保証しますよ。この仕事を専門的にもっとたくさんやってもらいたいんです。もちろん必要なことは勉強してもらわないといけないけれど、いざとなればテレワークでもできる仕事です。ただ、派遣より少し条件がよくなるくらいで、正社員ほどの好遇ではないんだけど」
_____それは願ってもないことでは?
ハローワークで探していても、そんな仕事はなかった。
遠藤の紹介なら心配ないような気がする。
「あの、募集要項をおしえてください、やってみたいです」
「ちょっと待ってくださいね、プリントアウトするので」
「おかーたん、のどかわいた」
「圭太、お話しが終わるまでちょっと待っててね」
不安が多かった離婚後のことに、わずかに光が見えてきたようで、元気が出てきた。