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6 向日葵
——あれから数ヶ月。
一二三も落ち着きを取り戻し、日常が戻ってきた。
……陽葵の居ない日常だ。
あの日から、陽葵は煙の様に消えてしまった。
飲み会での無茶振りから、助けてくれる後輩はもういない。
会社もいつの間にか辞めてしまっており、仕事を教えるべき後輩も居ない。
まるで最初から存在していなかったかのようだ。
代わりとでもいうように、自宅のリビングには何日かごとに向日葵や黄色の薔薇やガーベラが飾られる様になった。
一二三も何も訊かない。
……俺も特に何も話さない。
ただの、いつもの、日常。
それでも、彼女の様な明るい笑顔の花があるだけで、少しだけ心が華やいだ。
ピンポーン
不意に、オートロックのインターフォンが鳴る。
『どうぞー!玄関の鍵、開けときまっす』
一二三が笑顔で応対する。
「独歩ちん、俺っち買い出し行ってくんね!」
今日は無礼講だから……と、ジャケットを羽織りリビングを出ていった。
——少しの静寂。
入れ替わりに、扉が開いた。
「やぁ。此処に来るのは久々だね」
落ち着いた低音が響く。
「先生」
料理の準備がまだだから、と来客をソファに案内して、一二三が準備していた紅茶を提供する。
「それで……」
「この間の、〝氷〟の話はどうなったんだい?」
独歩がおずおずと隣に腰掛けると、寂雷が瞳を煌めかせて設問を始めた。
「そうか、そんなことが……」
一二三が帰ってくる前にと、矢継ぎ早に連ねられる話を聞き、寂雷はうぅむと唸り、親指で独歩の涙を拭う。
「……一郎くんに聞けば、居場所がわかるかもしれないよ」
既に山田家に依頼し情報を得ていたが、問題は、本人達が知りたいかどうかだろう。
独歩の瞳を見据える。
「……いいんです、俺は……」
首を横に振る独歩を見て、そうか、とだけ言い冷めてしまった紅茶をゆっくり嗜む。
きっと俺は会いに行くし、一二三はまた思い出してしまうかもしれない……そんなつぶやきを聴かなかったことにするか、何も言わずに自分が行くか、帰ってからゆっくりと考えよう。
再び涙を零すしがないサラリーマンの肩を、ゆっくりと撫でた。
「たっっだいまー!」
静寂を破る声とともに、一二三が買い物袋をぶら下げて帰宅した。
「せんせぇいらっしゃーい!およ?」
どったの?と言いながら、缶ビールを開け、独歩と先生、そして花瓶の前に置く。
「一二三……」
「言ったじゃーん。今日は無礼講って!」
有無を言わさず、ほら!と二人に飲むように促す。
「お気に入りのシャンパンがぁ、今日安かったんだよね〜」
いそいそとキッチンに向かいテーブルに料理を用意していく一二三を見て観念し、独歩と寂雷は椅子に座り直した。
今日はどうやら眠れそうにないなと、二人はビールに口を付けたのだった。
fin.