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待機室。
バイト終わり、ギアを外しながら、僕は恒の方をちらちら見ていた。
「ねえ、こうって梅味好きでしょ。」
恒は、ギアのバックルを外しながら答える。
「嫌いじゃない。」
「黒い服ばっか着るのも、汚れ目立たないからでしょ?」
「そう。あと、落ち着く。」
「似合ってるよ。あと、静かな音楽聴いてるでしょ。ピアノとか。」
恒は、ペットボトルを手に取って、静かに言った。
「それは、たまに。作業中とか。」
「やっぱり。あと、好きな飲み物は無糖の紅茶。」
恒は、キャップを開けながら言う。
「それは違う。甘いのも飲む。」
僕は、ふにゃっと笑った。
「へえ。意外。」
恒は、お茶を一口飲んでから、僕を見た。
「ひろが俺に“意外”って言うの、ちょっと変だな。」
「なんで?」
「俺のこと守るって言ってただろ。なら、もっと知ってると思ってた。」
僕は、壁にもたれて、目を閉じる。
「知ってるよ。動き方とか、癖とか。バイト中の判断も。
でも、“好きなもの”って、守るのに必要ないから。」
恒は、少しだけ目を細めて、ペットボトルを持ち直す。
そして、苦笑いをひとつだけこぼした。
僕は、目を開けて恒を見た。
恒が苦笑いをこぼしたあと、少しだけ間が落ちた。
僕は、恒の顔を見たまま、何も言わずにいた。
恒は、視線を外さずに言った。
「ひろって、昔よく緑のインク選んでたよな。」
僕は、壁にもたれたまま、少しだけ目を開ける。
「……前まではね。」
恒は、手元のペットボトルを持ち直す。
「あと、バイト終わりに、よくコーヒー飲んでた。」
「前までは。」
「休憩中、空見てたろ。雲の形、気にしてた。」
「うん。前までは。」
恒は、少しだけ息を吐いた。
その音は、静かで、重くない。
「……もしかして俺の記憶、どっか吹っ飛んだ?」
僕は、目を閉じたまま、少しだけ考える。
でも、何も浮かばない。
「……違う。 僕が、変わった。」
恒は、ペットボトルを持ったまま、少しだけ笑った。
「何でひろのほうが俺のこと知ってんだよ、っていうか……負けたわ。」