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「――さてと。
私はそろそろ、お仕事に戻らないと」
部屋に招かれてから1時間もしたところで、レオノーラさんが溜息をつきながら言った。
「あ、これからお仕事なんですね。
それでは、私たちはそろそろ……」
「そうね。アイナさん、今日はお話ができて嬉しかったわ。
エミリア様、お土産話をありがとう。
ルークさん、次はもう少しお話してくださいね」
食器を片付けてから、全員で部屋の外に出る。
レオノーラさんがドアに鍵を掛けたところで、エミリアさんがお別れの挨拶をした。
「それではレオノーラ様、お仕事がんばってください!」
「……え?
そういえばエミリア様は、お仕事はどうするの?」
「わたしはアイナさんとまだご一緒させて頂きますので、大聖堂のお仕事にはまだ戻らないんです」
「な、何ですって!?」
それまで穏やかだったが、エミリアさんの言葉を聞いて、ぷりぷりと怒り始めるレオノーラさん。
怒っているとはいっても……こう言っては申し訳ないけど、小さな子供が怒ってるような感じでちょっと可愛い。
「だ、大司祭様にも許可はもらいましたよっ!」
「む……。そ、それなら仕方ないわね。
アイナさん、エミリア様のことは良い様に使って頂いて構いませんからね!」
「分かりました!」
「ちょ、ちょっとアイナさん!?」
「そうすると、エミリア様は寝泊まりはどうするのかしら。
大聖堂のお部屋には帰って来るの?」
そういえば、エミリアさんの部屋も大聖堂の中に割り当てられているんだっけ?
折角だし、ちょっと見せてもらいたいところだけど――
「いえ、宿泊もアイナさんたちと一緒にする予定です。
どこに泊まるかは決まっていないんですけど」
……あ、そうなんだ?
いや、私としては嬉しいけど。
「そうなの? 連絡先は、宿泊先が決まったら教えに来てよね?」
「えっ」
「何? 嫌なの?」
「お、教えたら……オティーリエ様に言いそうですし……」
「そうね、それは否定できないわ。
でもオティーリエ様が、わざわざ街中の宿屋にまで行くかしら?」
「わたしの想像だと、いらっしゃると思います……」
「あはは、まさか――
……って、そう言われると確かに行きそうね。
まぁそれはそれとして、私は遊びに行くから教えてよね」
「むぐぐ……。わ、分かりました……」
断腸の思い……という感じで、エミリアさんが無念の表情を浮かべた。
いやいや、そんなに嫌なの……?
「エミリアさん。もし不本意な状態になったら、宿屋を変えれば良いだけなので……」
「そ、そうですね。さすがアイナさん」
レオノーラさんに聞こえないくらいの声で、エミリアさんに伝えてみる。
自由に動けるのが今の強みだし、何かあれば宿屋を変えてしまえば良いのだ。
「さてと。それでは本当に時間が無いので、これで失礼するわ。
みなさま、さようなら」
そう言いながら軽くお辞儀をすると、レオノーラさんは小走りで廊下の向こうに消えていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大聖堂を出ると、時間は14時といったところだった。
陽は高く、通りを行き来する人の数も大聖堂を訪れたときより増えている。
「……はぁ、何だか緊張しました」
「アイナさんとルークさんは、大聖堂は初めてでしたからね。
わたしは我が家みたいな感じでしたけど」
「はー、良いですね。
私、そういう場所が無いからそのうち作ってみたいです」
「アイナ様が今まで一番長くいたのは……ミラエルツの宿屋になるでしょうか。
我が家というには賑やかなところでしたが」
「そうだね、何だかんだであそこには1か月もいたからね。
でも王都にはもっと滞在することになるだろうし、やっぱり我が家的な場所が欲しいなぁ」
「……とするとアイナさん!
やっぱり家を! 買うんですか!?」
「興味はかなりあるんですけどね……。
でも宿屋の広さに慣れちゃったから、自分の部屋は少し大きめの部屋が良いかな……って考えると、お値段はどうなんでしょう。
あとは、ルークとエミリアさんの部屋も欲しいですし」
「「え?」」
「だって、家を買って私だけ住むんじゃ申し訳ないでしょう?
特にルークは、私を守ってくれているわけだし」
「ま、まぁ確かに……。
そうか、そうなりますよね……」
「それにしてもアイナさん、わたしまで?」
「王都から出なければ、エミリアさんはずっと一緒のわけですから!」
「なるほど――
……って、いつまで一緒のつもりなんですか!?」
「あはは、それは冗談ですけど。
でもお客さん用のお部屋は、あっても良いですからね」
「ふーむ……。
何だかもう、アイナさんが豪邸を買っちゃうイメージしか無いんですけど……」
「さすがに豪邸まで行くと、管理が大変じゃないですか。
やりたいことはいっぱいあるだけですし――」
「そこは、使用人を雇えば良いのでは?」
……使用人?
む……、その発想は無かった。
「そういえば、そうかもですね。
執事さんとかメイドさんを雇っちゃうことになるんでしょうか」
「そうですね。あとは奴隷の方とか……」
「え?」
「え?」
「奴隷、ですか? そういうのもいるんですね……」
「はい、いますよ? ああ、でもこの国は他の国と比べて、しっかりした制度があるんです。
奴隷を所有するといっても、その人をどうにでも出来る……というわけではないんですよ。
……アイナさんなら、大丈夫だとは思いますけど」
ふぅむ?
聖職者のエミリアさんの口から、普通に奴隷……という単語が出るのが、ちょっと違和感があったかもしれない。
……いや、私の知ってる『奴隷』とは違うのかな?
「なるほど、私の国でいう『奴隷』とは違う感じですけど――
……そういった方にも、お手伝いをお願いできるんですね」
「ちゃんとお給料も払わないといけませんからね!
普通の人に比べればお安めですが」
「しっかり払う方が、私としては気楽ですね……。
ちなみに奴隷って、どういう方がなるものなんですか?」
「基本的には借金を返せなくなった人とか、何か罪を犯した人でしょうか。
あとは権力者から諸々の権利を剥奪された人とか、追放された人とか」
「むむ、曲者揃いのラインナップ……」
「たしかに曲者も多いですけど、奴隷紋で制約を与えることが出来ますから。
そういった意味では大丈夫ですよ」
「おお、そんなことも出来るんですね」
さすが、ファンタジー世界……!
歯向かったりすると電撃を流せる、とかなのかな?
……でも、それはそれで怖いなぁ。
「まぁ、ひとまず家のことは置いておきましょう。
まだ王都には来たばかりですし」
「やることはたくさんありますし、おいおい――
……余力ができたときに考えてみる、でも良いかもしれませんね」
「そうですね! さて、それでは順番にこなしていきましょう。
まずはジェラードさんとも合流したいので、冒険者ギルドに寄っておきますか」
冒険者ギルドに行って、そこでジェラードの所在照会をして、あとはガルルンの置物を受け取る!
そうそう、折角だし冒険者ランクが今どうなっているのかも確認してみようかな。
上げられるものなら上げておきたいから――
……あとは後学のために、どんな依頼が出ているのかくらいは見ておくことにしよう。
「ところでアイナさん、お昼ごはんはどうするんですか?」
「さっきのクッキー――」
「えっ」
「――は、そういえばレオノーラさんの昼食だったのでしょうか?」
私はそのクッキーだけでも大丈夫だったけど、さすがにエミリアさんとルークには厳しいよね。
「そうかもしれませんね。
レオノーラ様はもともと小食の方ですから」
「なるほど。
それじゃ私たちは、昼食をとってから冒険者ギルドに行くとしましょう」
「はい、そうしましょう!」
「分かりました」
ひとまず大聖堂の近くはエミリアさんが詳しいだろうから、オススメのお店にでも連れていってもらおう。
エミリアさんもがっつり食べられない分、それを踏まえたところには行きたいだろうしね。