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次の日、ミアは朝一でギルドへと出かけた。帰還水晶の受け取りとは別に、何かやることがあるらしい。
ギルドに挨拶に行った方がいいかと聞いたのだが、特にそういうのは必要ないとのこと。
昼までには帰還水晶も受け取れるだろうとの事なので、待ち合わせ場所を決め、俺は魔法書店へと足を運んだ。
昨日は暗くてあまりわからなかったが、とても怪しい雰囲気の店構え。この店だけが木造で、時代に取り残された建築物といった印象を受ける。
良く言えば味のある佇まい。悪く言えば手入れのしてないログハウス。
他の店と違って看板のようなものも出ておらず、本当に魔法書店なのかと疑ってしまうほど。
とはいえ、躊躇していても始まらない。ミアを信じ、勇気を出して扉を開ける。
「ごめんください」
扉についていた小さな鐘が軽快な音を響かせるも、返事はなし。
恐る恐る中に入ると、そこは本屋という感じではなく、どちらかというと質屋といった雰囲気だ。
薄暗い一畳ほどのスペースにカウンターが設けてあり、それ以上奥には進めない。
ミアからは、ご年配の女性が一人で切り盛りしていると聞いていたのだが……。
「ごめんください。どなたかいらっしゃいませんか?」
僅かな外の喧騒をも聞き取れてしまうほど、物音一つしないシンと静まり返った店内。
しばらくすると、奥の方からしわがれた声が聞こえてきた。
「なんじゃ。うるさいのう……」
奥から出て来たのは、腰の曲がった老婆だ。
暗くて判りづらいが、紫色のローブを身に纏い、裾をずるずると引きずっている。
いかにも足が悪そうに杖をつき、ゆっくりとこちらに向かって来ると、老婆は面倒くさそうに口を開いた。
「用件はなんじゃ?」
「えっと、魔法書を買いに来たのですが……」
「なんの?」
「死霊術なんですけど……」
「金貨二百枚」
「……は?」
「金貨二百枚じゃ。まけることは一切せん」
「えーっと、もうちょっと安いやつとかないですかね」
「ない。死霊術は一冊しか扱っとらん」
ぼったくりかとも思ったが、相場を知らない俺には判断が出来ない。
現在の所持金は金貨十八枚。村の復興資金として寄付したお金の余剰分が返ってきたものが、今の全財産だ。
最近はお金の価値も大分掴めてきた。
金貨一枚が日本円で言う一万円ほど……。だとすれば、魔法書は新車の軽自動車が一台変えてしまう額である。
これがぼったくりでなければ、正直言って高すぎる。
「ちょっと見せてもらったりとか出来ませんかね?」
「おぬし適性は?」
「死霊術ですけど……」
「バカか? |死霊術師《ネクロマンサー》に死霊術の魔法書を見せたら、魔法だけ覚えて本は必要なくなるだろうが!」
確かにそうだ。一度理解してしまえば、その人にとってはもう不要。
俺のように持ち歩く理由がなければ、魔法書の価値はないと言っていい。
元の世界の本屋のようなイメージをしていたのだが、それでは立ち読みで魔法は覚え放題になってしまう。
ようやく店の作りにも合点がいった。
「今の全財産が金貨十八枚なんですけど、死霊術の……それもダウジングに関する部分だけでも読ませてもらう事って出来ないですかね?」
「無理に決まっとるじゃろ」
全部が無理ならバラ売りはどうかと思ったのだが、諦めるしかなさそうだ。
「わかりました。また出直してきます」
残念だが、魔法書の価値が知れただけでも収穫だったと見るべきか。
肩を落とし、店を出ようと扉に手をかけたその時だ。老婆の焦りにも似た声に振り返る。
「ちょっと待て、お主! その腰に下げている魔法書。それとなら交換してやってもええぞ?」
ニヤリと怪しげな笑みを浮かべる老婆。俺が腰に下げている魔法書はダンジョンにあった二千年前の物である。
これにはアンデッドの召喚に使う触媒として、骨や魂が詰まっているのだ。言わば|死霊術師《ネクロマンサー》の生命線。
百八番は俺の物にしていいと言っていたが、俺は借り物という認識で使っている。それを人に譲るわけにはいかない。
「すいません。それはちょっと無理で……」
「そうじゃろ、そうじゃろ。ワシがそれの所有者だったらそれじゃ不服じゃからな。じゃあ金貨二千枚でどうじゃ!?」
「……は?」
金貨二百枚の魔法書と交換と言っていたのに、急にその十倍出すと言う。この老婆は、中身がわかっているのだろうか?
呪われていてもおかしくないほどには見た目が邪悪が魔法書。そのせいもあってミアには恐れられてしまい、それからは革で出来たブックカバーで覆っている。なので、外身からは見分けがつかないはずなのだが……。
とは言え、いくら金を積まれようとも売る気はない。
老婆はカウンターに半身を乗り出し、薄気味悪い笑みを浮かべ俺の魔法書をジッと見つめていた。
血走る瞳は、完全に獲物を狙っている者の目……。
「じゃあ、五千枚でどうじゃ!?」
「すいません。お金では売れませんので……」
「じゃあ体か! 体が目当てなのか!?」
食い下がる気持ちもわかるが、そこまでされると嫌悪感を覚える。
話しが通じないなら無理に付き合ってやる必要はない。さっさとこの状況から離脱してしまおうと決意し店を出た。
「すいません。失礼します」
ミアとの合流地点である噴水広場を目指し歩き出す。
正直に言ってあの老婆の変わりようには驚いた。恐怖すら覚えるほどである。
それは夢にも出てきそうな勢いで、俺から言わせてもらえば魔族なんかよりも全然怖い。
上がった心拍数は、そう簡単には下がらない。少し落ち着こうと深呼吸をしていると、後方から聞こえた大きな衝撃音に振り返る。
視界に入って来たのは、外れかかっている魔法書店の扉に立ち込める土煙。
その中からぬるりと出て来たのは、先程の老婆である。
「逃がさんぞ小僧……」
「――ッ!?」
俺の本能が逃げろと叫び、踵を返すと全力で走った。
相手は所詮老婆である。少し引き離せば諦めるだろう。そう思っていたのだが……。
「【|狼の魂《スプリントウルフソウル》】、【|豹の魂《エンデュランスパンサーソウル》】」
「――ッ!?」
老婆が何かの魔法を使うとその姿とは裏腹に、まるで陸上選手のような速さで追いかけてくる。
「ウヒャヒャヒャヒャ……!」
「ひぃぃぃぃ!」
全速力で走っているにもかかわらず、引き離せない。異常なまでの執念は、とにかく恐ろしいの一言に尽きる。
捕まれば何をされるかわからない。その一心で、ミアとの待ち合わせ場所まで必死に走った。
暫く走り続けると、待ち合わせ場所の噴水にちょこんと座っているミアが見えた。
「ミアぁぁぁぁ!」
ミアが俺に気が付くと、その場に立ち上がり笑顔で手を振る。
「あっ、おにーちゃ……。おわぁ!?」
すり抜けざまにミアを抱き抱え、勢いを殺さず再加速。
「ちょ……ちょっと、おにーちゃん?」
「すまん、ミア! 話は後だ!」
説明する時間も惜しい。こういう時はどうすればいいのか?
警察はいない。となると警備兵の詰め所? それがどこかわかれば苦労はしない。
とにかく、あの老婆を撒かなければ。
俺に抱えられながらも、ミアは追いかけてくる老婆に気が付いた。
「あれ? もしかして魔法書店のおばあちゃん?」
「おや、ミアちゃんだったか……。久しぶりだね」
老婆は走りながらも平然と会話していて、まるで疲れを見せていない。
「ミア、知り合いか?」
「うん、魔法書店のおばあちゃんでしょ? |獣術《じゅうじゅつ》の使い手だよ。なんでおいかけっこしてるの?」
「こっちが聞きたいよ!」
ミアを担いでいるせいか、老婆との距離は徐々に詰まっていく。
それを勝機と見たのか老婆はニタリと不敵な笑みを浮かべ、ダメ押しとばかりに叫び声を上げた。
「人攫いじゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「ババア! てめぇぇぇぇ!!」
道行く人々が俺を見ている。
いい年したおっさんが、子供を小脇に抱えて全力ダッシュしているのだ。
確かにこの状況を何も知らない第三者が見れば、誘拐にも見えるだろう。
「ミア! 鈍化の魔法があっただろ! あれをババアに撃て!」
「えっ……でも……」
「ワケは後で話す! このまま捕まったら俺はミアと一緒にいられなくなるかもしれない!」
人攫いで捕まれば、最悪そうなる可能性もある。
ミアは迷う素振りを見せず、ぶらぶらと激しく揺れているプレートを握り締めると、右手をババアに向けた。
「【|鈍化術《グラビティドロウ》】!」
途端に走る速度がガクンと落ち込むババア。
「――ッ!?」
「ごめんなさい。おばあちゃん……」
「くっ! 金貨一万! 一万出す! ……一万二千……わかっ………一万ご…………にま………………」
ババアの声がどんどん遠ざかる。「ホントにそんなに金持ってんのかよ!」と、ツッコミたい気持ちをなんとか抑えて、振り返らずにひた走り、俺たちはそのまま街を出た。
――――――――――
ミアがこっそりと考えていた計画は失敗に終わってしまった。
帰還水晶を受け取った後、担当の冒険者がプレートを紛失したということにして、ミアはこっそりギルドに適性鑑定の再検査を依頼していたのだ。
村ではソフィアの許可が必要。このチャンスを逃す手はなかった。それに加え、九条が魔法書を買えないのは知っていた。
しかし、お出かけが中止になっては元も子もないので、ミアは九条に魔法書の相場を教えなかったのだ。
(傷心のおにーちゃんを優しく癒してあげれば、私にメロメロになるに違いない! 再検査も出来て一石二鳥……)
そう考えていたのだが、結果はコレ。非常に残念ではあるが、仕方ない。
ミアは小脇に抱えられながらも街道を爆走する九条を見上げ、溜息をついた。
(どうせなら、お姫様だっこの方がよかったなあ……)