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「…離婚……? 損害賠償?」
透は、ワインで汚れた顔を拭いもせず、床に散らばった書類を呆然と見つめていた。
「そう。離婚は当然として、あなたが私に強いた『月5万生活』の裏で、どれだけ実家に損害を与えていたか計算させてもらったの」
「この部屋の本来の家賃と、あなたが支払っていた格安家賃の差額。3年分で、ざっと1000万円近くになるわね」
「な……1000万!?払えるわけないだろ! そんなの、お前が勝手に安くしたんじゃないか!」
透が逆ギレして立ち上がる。
その顔には先ほどまでの怯えはなく、いつもの身勝手な傲慢さが戻っていた。
「ああ、そうだよ。実家が金持ちなら、もっと早く言えよ! だったら俺だって、あんな女に貢いだり借金したりしなかった。お前が俺を試すような真似をしたのが悪いんだ!」
あまりの言い草に、私は怒りを通り越して感心してしまった。
どこまでも、自分が選んだ道だという自覚がない。
「……試したわけじゃないわ。私はただ、あなたと対等に、地道に暮らしていきたかっただけ」
「でも、あなたは私のパート代すら奪って、実家から提供された家を『自分の城』だと偽って、他の女を連れ込んだ。それが答えよ」
「うるさい! 誰が離婚なんてするか!離婚したら、俺はどこに住めばいいんだ。家賃の差額?払えるわけないだろ。お前が俺の妻なら、その借金もお前の家のものだ!」
透が私に掴みかかろうとした、そのとき
カツン、カツン。
開け放たれた玄関から、重厚な足音が響いた。
入ってきたのは、仕立てのいいスーツを着こなした初老の男性────私の父、源三だった。
「……私の娘に、随分な物言いだな。佐藤君」
「お、お義父さん……っ?!」
透の体が、目に見えて縮み上がった。
父の背後には、二人の大柄な男も控えている。父の会社の社員だ。
「さっきの話、全部聞かせてもらったよ。君が我が家の物件をどのように扱い、娘をどのように侮辱してきたか」
「……残念だが、君にはもう、この部屋の敷居を跨ぐ権利すらない」
「そんな!義父さん、これは誤解で…美咲が急にこんなことを言い出したから、俺もパニックになって……!」
透は膝をつき、父の靴に縋り付こうとした。
父はそれを冷たく避け、私に視線を向けた。
「美咲。疲れただろう。今日はもう、実家へ戻りなさい。あとの『清算』は、私と弁護士で行う」
「……ありがとう、お父さん」
私は最後に一度だけ、透を見た。
高級時計をはめたその腕で、必死に床を這い回る姿。
「透さん。あなたの本当の『身の丈』は、この豪華なリビングじゃない。これから向かう場所よ」
私は、自分の荷物が詰まったスーツケースを引いて、一度も振り返らずに部屋を出た。
背後から
「待ってくれ! 美咲! 悪かった、俺が間違ってた!」
という透の見苦しい叫び声が聞こえていたが
それもエレベーターの扉が閉まると同時に、完全に遮断された。
外は、涼しい夜風が吹いていた。
明日からはもう、月5万円で悩む必要も、夫の機嫌を伺う必要もない。
でも、復讐はこれで終わりではなかった。
父が用意していたのは、単なる「追い出し」以上の、社会的な破滅だったのだ。
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#不倫
#離婚