宝石箱の紅は何を語らう

『新規採用』

人形店の中に新たな風が吹き込む日

爽やかで過ごしやすい気温の穏やかな時刻に

「ここで働かせてくーださいっ！」

若い少女の大声が響く

何事かと思い、お茶会中だったクオーツとペリドットが外に出ると

グリーンとピンクのツートンカラーが特徴な

おさげの明るい少女が人形店の門の前に仁王立ちしていた。

「え、どちら様…？」

「石榴様、排除しても宜しいですか？」

少女に対して訝しげな目を向けるペリドットと

明確すぎる警戒心の籠った対応をするクオーツ

そして

「まぁ…」

珍しくぽかんとした表情をしている石榴といった

そんな余りにも不可思議な空間の中

余裕そうなのはニコニコしている少女だけだった。

「…では、もう一度お聞きしても？」

「はい！ここで働きたいでーすっ！」

「いや、はぁ…？」

ここは人形店の一室…基、応接間。

数分間の門前での押し問答の末

クオーツのイラつきが溜まる前にペリドットが機転を効かせ、

少女をここまで通したのである。

少女の名は”アレキサンドライト”。

長いので今後は略称の”アレキ”とでも呼ぼう。

彼女は15歳の人間の可愛らしい小柄な女の子で、

服装や、世間知らな能天気さ、本人の話の具合から、

そこそこ裕福、かつかなり甘やかされて育ったらしく

希望理由も「お給料高そう！あと面白そうだったから！」という

なんとも…脳内お花畑…というか…

脳内ダイナミッククレイジーガールで、

普段冷静なクオーツ(面接官役)が「この小娘………」と

眉間に皺を寄せながら不快感を顕にし、

普段石榴の面倒をみているお陰でトラブル耐性があるペリドットも

「え、えぇ……お、お給料…え、えぇ……???」と、困惑するレベル。

正直かなり異常だが、当の本人は

「なので！働かせてくださいっ」

と、キラキラした瞳でニコニコ笑いながらアレキがクオーツの方を見ていて

そんな瞳に応えないままクオーツは目を泳がせる。

深呼吸をして｢この様な小娘に働かれては溜まったものでは…」

と言わんばかりの表情を浮かべながらクオーツが石榴の方に目をやると

そこには既に紅色の宝石を手に持ち、

加工の準備を済ませている石榴がいて

クオーツとペリドットの脳内が一瞬止まったと思えば

「ええ、構いませんよ。採用です」と言った瞬間

「はぁっ！？石榴様ｯ！？」「お母さんｯ！？うそでしょ！？」

立ち上がり「絶対ヤダ」と言わんばかりの様子で石榴にしがみつく2人とは対照的に

「えーっやったーっ！お願いしまーっす！」と無邪気に喜ぶアレキ

そして、2人を宥めながらアレキに契約書を手渡し

「これから末永くよろしくお願いしますね」と微笑む石榴

流石はあまりにも異質で、アットホームな職場の店主

何を考えているのか、全く分からない

「…貴方の居住スペースはこちらです」

「わーい、ありがとございまーすっ！」

契約書にサインしてから数時間後

簡単に業務説明と自己紹介を終えた後

不満気なクオーツにアレキは屋敷の一室に案内される。

淡い木目の床と、光沢を抑えたカーテン。アンティーク調の家具たち

光源となるシャンデリアやランプ、窓には色とりどりのステンドグラス

豪華だがどこか暖かみがあり洗礼された印象の部屋。

アレキは目を輝かせながらベッドメイクされたばかりの

ダブルサイズのベッドに飛び込んで転がる。

「ふっかふかぁ〜！」と転がりながら楽しんでる様子を

クオーツとペリドットは呆れ気味に見ている。

「……」

「アレキさん…」

すると、既に開いている扉をノックして石榴が入室して

クオーツとペリドットが振り向いて嬉しそうな表情を浮かべているのに

一つも反応も示さず 「アレキサンドライトさん」と呼びかけて近寄る

アレキは声に反応して起き上がり

「石榴さん？どーしましたか〜？」と小首を傾げる

そんなアレキを見下ろしたあと、

石榴は「贈り物があるのです」と、懐から小さな黒色の小箱を取り出しアレキに手渡す。

「開けてください」そう言われてアレキが不思議そうに小箱を開けると

先程石榴が持っていた宝石で作られた、紅色のイヤリングが入っていて

「わぁ…！すっごーい！これ、石榴さんが作ったんですかー！？」

「ええ、この人形店の従業員の”印”ですよ」と、微笑みながら告げた後、

興奮気味にイヤリングをつけているアレキを見て石榴はもう一度口を開く

「そのイヤリングは絶対に、壊してはいけませんよ」と、 今度は少し強調気味に。

「はーいっ」

元気の良いアレキの反応を見ると、石榴は小さく頷き、

アレキの頭を慣れた手つきで優しく撫でる。

アレキの頭を撫でながら石榴はクオーツとペリドットの方に目をやって

「三人とも、仲良くしましょうね」と微笑みかける

そんな笑みを向けられた2人は「はい」とだけ返事をして、

自分の紅の印（石榴からの贈り物）に手をあてて

石榴に頭を撫でてもらっているアレキのことを

まるで親を取られた子供のように眺めている